【未解決事件】浜田市黒川町女性殺人事件

【浜田市黒川町女性殺人事件】

 

浜田市黒川町女性殺人事件は、2004年(平成16年)に島根県浜田市で発生した殺人事件である。

2004年2月5日午前11時50分頃、島根県浜田市黒川町に住んでいた無職の岡村登喜子(おかむら ときこ)さん(当時77歳)が、自宅で頭から血を流して倒れているのが発見された。

発見したのは帰宅した会社員の息子の佳典さん(当時55歳)で、1階居間で倒れている岡村さんを発見し、119番通報した。

岡村さんは、病院に搬送されたが、顔の骨を折るなどの重傷を負っており、その後、意識不明となり、3日後の8日午前10時40分頃、出血性ショックで死亡した。

室内に荒らされた形跡はなく、室内にあった現金も手つかずのまま残されていた。

岡村さんは、室内にあった鈍器で殴られた可能性が高く、室内からは家族以外の足跡も採取されている。

岡村さんは、顔や頭に鈍器のようなもので数回殴られた跡があり、浜田署は当初、傷害事件として捜査していたが、岡村さんが亡くなった事で容疑を殺人に切り替え、同署に捜査本部を設置した。

 

岡村さん宅は、浜田市中心部の交通量の多い市道に面しているが、事件当時は小雪が
ちらついていた上に風も強かったため、交通量は少なかった。

5日午前中、岡村さん宅付近で紺色の軽四自動車と白色系の軽四自動車が目撃されているが、不審者の目撃情報などの有力な情報や残された物証は少ない。

 

2017年12月1日から、事件解決に繋がる有力な情報を提供した人には、最高100万円の謝礼金が支給される制度がスタートした(期限は3年間)。

謝礼金を提供するのは、市内の約30業者でつくる「浜田市建設業・火薬類取扱者防犯協力会」で、民間団体による謝礼金制度が設けられたのは島根県内で初めてとなる。

捜査本部は、これまでに延べ4万5千人以上の捜査員を投入し、捜査に当たってきたが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

浜田署は、この事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

浜田警察署 殺人事件捜査本部

電話:0855-22-0110

FAX:0855-23-2020

 

「事件のチラシ」

浜田市黒川町女性殺人事件のチラシ
出典:浜田警察署

 

「現場の地図」

浜田市黒川町女性殺人事件の現場地図
出典:浜田警察署

 

 

【未解決事件】山口市赤妻町女性殺人事件 妻を殺害して逃亡

【山口市赤妻町女性殺人事件】

 

山口市赤妻町女性殺人事件は、2009年(平成21年)に山口県山口市で発生した殺人事件である。

2009年1月14日午前9時45分頃、山口県山口市赤妻町のアパートに住んでいた無職の村田一枝さん(当時71歳)が自室で死亡しているのが発見された。

発見したのは訪れたホームヘルパーで、村田さんは首にタオルのようなものを巻かれ、6畳間のベッドの上で仰向けで倒れていた。

村田さんは病気がちだったため、市内にある施設の介護サービスを利用していた。

翌15日に司法解剖をした結果、死因は頸部圧迫による窒息死と判明し、死亡推定時刻は11日夜から12日朝の間と見られる。

村田さんは、夫(当時73歳)と2人暮らしをしていたが、夫は部屋にメモを残して行方が分からなくなっていた。

夫は2008年9月まで市内にある事業所に務めていた。

山口署は、夫が何らかの事情を知っていると見て、付近の山などを捜索した。

自宅には夫が普段使用していた乗用車が残されており、交通機関への聞き込みも行ったが、夫の手掛かりを掴む事はできなかった。

残されていたメモの内容が心中をほのめかすものだった事や、村田さんの遺体の状況から、山口署は夫の犯行と断定し、夫の村田俊治容疑者を殺人容疑で全国に指名手配した。

 

現場は、県庁から南西に約3kmのところにあるアパートや民家が立ち並ぶ閑静な住宅街の一角で、赤妻町では2007年10月にも元暴力団組長が拳銃で射殺されるという事件が発生している。

近所に住む男性によると、村田さんの住んでいたアパートは住人の入れ替わりが激しいため、村田さん夫婦とは面識がなかったという。

村田さんと買い物先でよく話しをしていたという近所の女性の話では、村田さんは夫婦一緒に車で買い物に出掛けていて、仲は良さそうだったという。

村田俊治容疑者の足取りは未だ分かっておらず、山口署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

山口警察署 刑事第一課

083-924-0110

山口県警察本部 捜査第一課

083-933-0110

 

「山口署が作成したチラシと村田容疑者の情報」

山口署が作成したチラシ

山口市赤妻町女性殺人事件のチラシ
出典:山口警察署

 

村田容疑者の情報

・名前:村田俊治(むらた しゅんじ)

・生年月日:昭和10年9月15日

・当時の年齢:73歳

・身長:165cmくらい

・体型:痩せ型

・当時の髪型:短髪

 

 

【未解決事件】下関市竹崎町金券ショップ経営者殺人事件

【下関市竹崎町金券ショップ経営者殺人事件】

 

下関市竹崎町金券ショップ経営者殺人事件は、2008年(平成20年)に山口県下関市で発生した殺人事件である。

2008年3月3日午後7時20分頃、山口県下関市竹崎町のJR下関駅沿いの路上で、金券ショップを経営していた下関市東大和町在住の田中明徳さん(当時52歳)が血を流して死亡しているのを通行人が発見した。

田中さんは、ナイフのようなもので十数ヶ所も刺されていた。

司法解剖の結果、死因は胸や背中などを刺された事による失血死と判明し、腕には抵抗した時にできたと見られる防御創も複数あった。

数十万円が入った田中さんのバッグや携帯電話などは現場に残されており、凶器は発見されていない。

田中さんは、金券ショップを閉店後、いつも通る帰宅路で襲われた。

 

事件発生直後、現場から立ち去った不審な男が目撃されているが、現場は暗い場所で、事件当時は雨も降っていたため、人通りが少なかった。

下関署は、この男が犯人と見て、事件発生から2年間に延べ約1万1千人の捜査員を動員し、田中さんが経営していた北九州市内にあるもう1店にも捜査員を派遣したが、有力な手掛かりは得られなかった。

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、同署はこの事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

下関警察署 刑事第一課

083-231-0110

山口県警察本部 捜査第一課

083-933-0110

 

「下関署が作成したチラシと犯人と思われる男の情報」

下関署が作成したチラシ

下関市竹崎町金券ショップ経営者殺人事件のチラシ
出典:下関警察署

 

犯人と思われる男の情報

・当時の年齢:30~40歳くらい

・性別:男

・身長:170~175cmくらい

・当時の服装:黒っぽいジャンパー、黒っぽいズボン、黒っぽい野球帽を被っていた

 

 

【未解決事件】山口市佐山母娘強盗殺人事件

【山口市佐山母娘強盗殺人事件】

 

山口市佐山母娘強盗殺人事件は、2013年(平成25年)に山口県山口市で発生した強盗殺人事件である。

2013年3月26日朝、山口県山口市佐山に住んでいた無職の村谷照代さん(当時85歳)と長女の佳子さん(当時64歳)が、自宅で殺害されているのが発見された。

発見したのは被害者宅を訪れたガス業者で、村谷さん親子は室内で頭から血を流して倒れていた。

発見時、照代さんは寝間着姿、佳子さんは普段着姿で、着衣に目立った乱れはなかったという。

司法解剖の結果、2人の死因は頭蓋骨骨折による脳挫傷と判明し、頭部には鈍器のようなもので執拗に殴られた傷跡があった他、2人には防御創と見られる外傷が体にもあった事が判明した。

死亡推定時刻は、発見の2日前の24日夜と見られている。

 

発見時、玄関のカギは閉まっており、母屋の勝手口と別のドアの窓ガラスが割られていた。

室内には物色した形跡があったが、現金が入った財布は複数残されていた。

近所の住民によると、自治会の会合で「先月末から付近で耕運機や自動車などが盗まれる被害が発生している」と報告されていたようだ。

近くに住む高齢女性は「1人暮らしなので非常に怖いと思い、防犯対策を考えていた。」と話していた。

山口南署は強盗殺人事件として捜査を開始し、現場から指紋や足跡、DNAなどを採取したが、2人が被害に遭った事で情報が少なく、盗まれた被害品も特定できない状態で、凶器も特定されていない。

また、現場は田畑が広がる中に点在する民家のため、目撃情報を得るのも難しい状況となっている。

ちなみに、現場の母屋は事件発生から1年後の2014年3月に取り壊されているため、現在は存在しない。

これまで9万人以上の捜査員を投入し捜査してきたが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

山口南署は、チラシを配るなどして情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

山口南警察署 刑事第一課

083-972-0110

山口県警察本部 捜査第一課

083-933-0110

 

 

【未解決事件】鳥取市タクシー強盗殺人事件 犯人は拳銃を所持

【鳥取市タクシー強盗殺人事件】

 

鳥取市タクシー強盗殺人事件は、2009年(平成21年)に鳥取県鳥取市で発生した強盗殺人事件である。

2009年7月17日午後9時40分頃、鳥取県鳥取市立川町6丁目地内で、タクシー運転手をしていた下田和男さん(当時60歳)が拳銃で撃たれ、その後病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。

「パーン」と銃声が聞こえた後、下田さんは民家に血を流しながら「助けてくれ、強盗だ。」と助けを求めていた。

しかし、鳥取県警が駆け付けた時には、既に下田さんの意識はなかった。

近所の住民は、下田さんの「助けてくれ、強盗だ。」という声を聞いた後、走り去るタクシーを目撃している。

その後、盗まれたタクシーは現場から約2km離れた鳥取市東今在家の路上で、乗り捨てられた状態で発見された。

 

司法解剖の結果、下田さんの死因は背中を撃たれ、銃弾が肺を貫通した事による失血死と判明した。

鳥取県警の調べによると、タクシーは運転手側のドアの内側に直径9mmの弾丸がめり込んでおり、後部座席からは空の薬きょうが発見された。

タクシー内に血痕はなかったが、ドアの外側に血痕がついていた。

また、タクシーの運行記録に記載されていた売上金は無くなっていたが、下田さんのポケットやタクシー内にあった現金は盗まれておらず、下田さんの財布も発見された。

更に、捜査本部はタクシーの料金メーターの状態が「支払い」になっていた事から、犯人が降車する際にトラブルとなり、タクシーを止めて逃げた下田さんを後部座席から自動式拳銃で撃った可能性が高いと見ている。

 

下田さんはこの日、午後9時0分頃からJR西日本鳥取駅の北口で、客待ちを始めていた。

そして、午後9時25分頃に犯人と思われる男を鳥取駅北口で乗せており、その際に勤務しているタクシー会社に、現場近くの「鳥取市大杙(おおくい)に向かう」と報告している。

午後9時30分頃に、下田さんが犯人と思われる男を乗せて出発するのを、同僚のタクシー運転手が目撃している。

そして、午後9時40分頃、鳥取市立川町6丁目地内で犯人に撃たれた。

午後9時50分頃には盗まれたタクシーが、鳥取市東今在家の路上に止まっているのを、近所の住民が目撃している。

 

鳥取署は現在も懸命に捜査を続けているが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、この事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

鳥取警察署

電話:0857-32-0110

 

「現場の地図」

鳥取市タクシー強盗殺人事件の現場の地図
出典:鳥取警察署

 

・タクシーの情報

赤色と白色のツートンカラー

 

 

【未解決事件】松江市身元不明遺体事件、浜田市内村町行方不明事件

【松江市身元不明遺体事件】

 

松江市身元不明遺体事件は、2015年(平成27年)に島根県松江市で発生した身元不明遺体事件である。

2015年10月26日午後2時頃、島根県松江市東忌部町の山林で人の頭蓋骨が発見された。

発見したのは整備活動をしていた森林組合職員の男性で、堆積した落ち葉の上に頭頂部が下になった状態で見つかり、下顎はなかった。

死亡時期は2005年から2012年頃の間と見られ、DNA鑑定や骨の状態から性別は男性で、推定年齢は18~30歳くらいと見られているが、身長や血液型は不明だという。

松江署は、頭蓋骨から復元した似顔絵を作成して公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

松江警察署

0852ー28ー0110

島根県警察本部刑事部鑑識課

0852ー26ー0110

 

「松江署が作成した似顔絵」

松江市身元不明遺体事件の被害者の複顔した似顔絵1
出典:松江警察署
松江市身元不明遺体事件の被害者の複顔した似顔絵2
出典:松江警察署
松江市身元不明遺体事件の被害者の複顔した似顔絵3
出典:松江警察署
松江市身元不明遺体事件の被害者の複顔した似顔絵4
出典:松江警察署

 


【浜田市内村町行方不明事件】

 

浜田市内村町行方不明事件は、2019年(令和元年)に島根県浜田市で発生した行方不明事件である。

2019年9月28日、島根県浜田市に住んでいた無職の和田朝一(わだ あさいち)さん(当時93歳)が、行方不明になった。

28日午後1時30分頃、和田さんは1人で車を運転しており、浜田市内村町の十文字原集会所付近で、「道に迷って何処にいるか分からない。」と家族に電話したが、その後連絡が取れなくなり、行方が分からなくなった。

浜田警察署は今後も捜索を続けると共に、和田さんに関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

浜田警察署 生活安全課

電話:0855ー22ー0110

島根県警察本部 行方不明係

電話:0852ー26ー0110

 

「和田さんの情報」

・名前:和田 朝一(わだ あさいち)さん

・行方不明時の年齢:93歳

・性別:男性

・住所:浜田市

・職業:無職

・体の特徴:身長165cmくらい、痩せ型、白髪交じりの短髪

・当時の服装など:灰色の長袖シャツ、灰色のスラックス、サンダル、眼鏡着用、所持品なし

 

 

【未解決事件】米子市女性失踪事件 北朝鮮による拉致と断定

【米子市女性失踪事件】

 

米子市女性失踪事件は、1977年(昭和52年)に鳥取県米子市で発生した失踪事件である。

1977年10月21日午後8時頃、鳥取県米子市に住んでいた松本京子(まつもと きょうこ)さん(当時29歳)が、自宅近くの編み物教室に行くと言い残して自宅を出た後、行方が分からなくなった。

この日の夜、松本さん宅から約200m離れた所に住んでいる人が、裏庭で松本さんが見知らぬ男と話をしていたのを目撃していた。

男は2人組で、1人は松本さんと会話をしており、もう1人は見張りをしていたようだったという。

この時、目撃した人が「何をしている?」と男に話しかけると、男の1人が殴りかかってきて、額を縫うほどのケガを負わされた。

その後、男達は海岸の方へ逃げて行った。

通報を受けた米子署は、傷害の容疑で2人の男を追ったが、捕まえる事はできなかった。

 

この失踪事件は、北朝鮮による拉致の可能性が高いと見られていたが、2004年11月に行われた実務者協議で北朝鮮政府は、松本さんについて「入国は確認できなかった。」と回答した。

しかし、日本政府は2006年に北朝鮮による拉致事件と断定した。

これにより、松本さんは鳥取県内で初の拉致被害者となった。

松本さんは現在も帰国していない。

国や県などが共催した拉致被害者救出に向けた「拉致問題の早期解決を願う国民のつどい」で、松本さんの兄の孟(はじめ)さんは、「妹に早く星のきれいな米子で生活してほしい」と早期帰国の実現を訴えた。

更に、「妹には北朝鮮の寒い冬を乗り切ってほしい。帰国に向けて力をいただきたい」と支援を呼び掛けていた。

 

「北朝鮮による拉致が疑われる点」

・海の方に向かって何人かの足跡が残されていた

・事件当時、警察が不審な電波の交信を傍受している

・松本さんが履いていたサンダルの片方だけが残されていた

 

「松本さんの顔写真と失踪時の服装」

行方不明になった松本京子さんの写真
出典:鳥取県

 

 

 

 

 

 

・紺色のスカートとチョッキ、白色のブラウス、サンダル、現金は所持していなかった

 

 

【未解決事件】仁保事件 山口市で発生した重大冤罪事件

【仁保事件】

 

仁保事件(にほじけん)は、1954年(昭和29年)に山口県山口市で発生した殺人事件である。

1954年10月26日午前0時頃、山口県山口市仁保中郷にある国鉄(現在のJR西日本)山口線仁保駅から、北東に約2km行った山あいの中腹で農業を営んでいた一家が、就寝中に襲われ殺害された。

殺害されたのは、農業を営む男性(当時49歳)とその妻(当時42歳)、母親(当時77歳)、三男(当時15歳)、四男(当時13歳)、五男(当時11歳)の6人。

6人は、襖で隔てられた3つの部屋で布団に入って寝ていたところを何者かに頭部や顔面を鈍器で殴打されたり、頸部と胸部を鋭利な刃物で刺されたりされ、布団の上で血まみれになって死亡していた。

後の捜査で頭部を鍬で割り、頚動脈を切り心臓を刺すというような執拗な殺害方法である事が分かった。

この一家は裕福な一家で、近隣に8反もの農地と山林を所有しており、女性関係も派手だったという。

事件が発覚したのは26日の午前7時頃で、この一家の家はいつも雨戸を開けていたが、この日は開いていなかった。

それを不審に思った隣に住む主婦が、家の中を覗きに行ったところ6人の遺体を発見し、警察に通報した。

 

山口県警は当初、怨恨と物盗りの両方を想定して捜査を進め、現場近辺の前科者約160人を容疑者としてリストアップし、一人一人しらみ潰しに当たっていった。

そして、怨恨の疑いで隣の家に住む男性を逮捕したが、証拠不十分で23日間の勾留で釈放した。

その後、山口県警はリストを徹底的に洗い直し、当時37歳だった男が新たな容疑者として浮上した。

しかし、この男はリストから消去法で選ばれただけで、確固たる証拠がある訳ではなかった。

この男は、事件発生の1年半前から郷里を出奔していた事からリストから外されていた男だった。

山口県警はこの男を、以前友人と2人で商店に侵入した窃盗未遂容疑で全国に指名手配した。

窃盗未遂容疑で全国に指名手配するのは、当時としては異例の事だった。

そして、1955年10月19日、大阪市天王寺区の天王寺駅で、住居侵入の容疑でこの男を逮捕し、翌20日に山口警察署に移送した。

 

1955年10月31日、この男は仁保事件とは別の窃盗未遂事件で起訴され、12月10日には別件のマンホールの蓋の窃盗の罪状で起訴された。

男は、ひいきにしていた弁護士の弁護を要求したが、警察が取り合わなかった事で男は弁護士が付かないまま、取り調べを受ける事となった。

同年11月2日、仁保事件の取り調べが始まったが、確固たる証拠のない状態での取り調べだった。

男はアリバイを主張し、犯行の関与を否定した。

その後、男の供述は自供したりしなかったりと迷走し、自供が最終的な形になったのは検察の取り調べが行われる1956年3月22日の事だった。

1956年2月1日、男は山口拘置所に移管され、同年3月23日には男を連れて現場検証が行われた。

そして、同年3月30日に起訴の運びとなった。

 

「裁判」

1956年3月30日、男を山口地方裁判所に起訴した。

同年5月2日には山口地裁で初公判が行われ、男は取り調べ時とはうってかわって犯行を全面否定した。

1962年6月15日、山口地裁は検察に対する自供の任意性は認めたものの、「警察の取調べでの拷問の事実は否定したものの被告の自供には無理がある」とし、男に死刑判決を下したが、男は広島高等裁判所に控訴した。

1968年2月14日、広島高裁は控訴を棄却し、山口地裁の第1審の死刑判決を支持した。

1970年7月31日、最高裁判所は自供の任意性への判断は保留したが、自供の変遷に対して少なからず信用できない点があるとし、第2審の判決を破棄し広島高裁へ差し戻した。

また、弁護側は最高裁で、現場には最低でも3人分の足跡があり、創傷を分析すると鍬・出刃包丁以外の凶器が使用されているという2点から、男の無罪を主張した。

そして、同年9月22日、男の釈放が決定した。

1972年12月14日、広島高裁は別件のマンホールの蓋の窃盗で懲役6ヶ月の判決を下したが、仁保事件での殺人に対しては無罪判決を下した。

そして、同年12月27日、検察は上告を断念し、男の殺人に対する無罪が確定し、事実上、未解決事件となったが、この事件は重大な冤罪事件でもある。

 

 

未解決事件 広島県編

【呉市身元不明白骨死体事件】

 

呉市身元不明白骨死体事件は、2000年(平成12年)に広島県呉市で発生した白骨死体事件である。

2000年2月28日、広島県呉市の北方に位置する灰ケ峰(標高737m)の山中で、成人女性と子供の2体の白骨死体が発見された。

遺体は死後数ヶ月が経過しており、2人は親子と見られるが、未だ身元は分かっていない。

広警察署は復顔写真などを公開し、2人の身元や事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

広警察署

0823-75-0110

 

「遺体の情報」

成人の遺体

・性別:女性

・当時の推定年齢:25~35歳

・身長:152~163cmくらい

・血液型:AB型

・髪型など:茶髪、脱色の可能性あり

・体の特徴など:歯に治療痕あり

呉市身元不明白骨死体事件の被害者成人女性の復顔画像
出典:広警察署

 

子供の遺体

・性別:不明

・当時の推定年齢:3~4歳

・血液型:AB型

・体の特徴など:虫歯の治療痕あり

 

2人の歯の特徴

呉市身元不明白骨死体事件の2人の被害者の歯の画像
出典:広警察署
呉市身元不明白骨死体事件の2人の被害者の歯のデンタルチャート
出典:広警察署


【広島市ゲートボール場殺人事件】

 

広島市ゲートボール場殺人事件は、1999年(平成11年)に広島県広島市で発生した殺人事件である。

1999年10月16日午前6時頃、広島県広島市西区草津南1丁目16の西部埋立第八公園東側にあるゲートボール場の休憩室で寝泊まりしていた無職の鈴木寿郎さん(当時56歳)が、何者かによって殴られ殺害された。

鈴木さんは宮城県桃生町の出身で、数人の男性と一緒にゲートボール場に寝泊まりするようになっていた。

犯人は現在も逮捕されておらず、広島西警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

広島西警察署

082-279-0110

 

「現場の地図」

 


【明王台主婦殺人事件】

 

明王台主婦殺人事件は、2001年(平成13年)に広島県福山市で発生した殺人事件である。

2001年2月6日午後0時45分頃、広島県福山市明王台にあるパチンコ店経営者の妻が、自宅で何者かによって刺殺された。

発見したのは警察官で、自宅の非常警報装置が作動した事で駆け付けたが、妻は既に失血死しており、腹にナイフが刺さったままの状態になっていた。

遺体には殴られた跡もあり、自宅には生後9ヶ月の長女もいたが、長女にケガはなかった。

 

現場に残された足跡から、犯人が履いていた靴は韓国製のテニスシューズと判明した。

また、凶器に使用されたナイフは、岐阜県関市のメーカーが製造した刃渡り10cmの果物ナイフと判明した。

室内には印鑑などが転がっており現金もあったが、現金は手つかずで残っていた。

 

犯人の侵入経路や逃走経路などはよく分かっておらず、これまでに12万人以上の捜査員を動員し捜査を続けているが、犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

福山西警察署は、テニスシューズや凶器に使用されたナイフの写真を公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

広島県福山西警察署 捜査本部

(福山市明王台における主婦被害殺人事件捜査本部)

084-933-0110(代)

 

「テニスシューズとナイフの情報」

テニスシューズ

・サイズ:28cm

明王台主婦殺人事件の犯人が履いていたテニスシューズの画像
出典:福山西警察署

 

凶器に使用されたナイフ

明王台主婦殺人事件の凶器に使用されたナイフの画像
出典:福山西警察署

 

凶器に使用されたナイフは、下画像のようなギフトセットとして販売・配布されている物のようだ。

明王台主婦殺人事件の凶器のナイフと類似のギフトセットの画像
出典:福山西警察署

 


【北広島町老人ホーム殺人事件】

 

北広島町老人ホーム殺人事件は、2000年(平成12年)に広島県北広島町で発生した殺人事件である。

2000年12月8日、広島県北広島町大朝にある特別養護老人ホーム近くの田んぼの中で、同施設の施設長をしていた郷田和昭さん(当時49歳)が殺害された。

発見されたのは翌9日で、郷田さんは刃物で胸などを刺されて殺害されていた。

事件当日、郷田さんが2人の不審な男と立ち話しをしている所が目撃されている。

山県警察署は、この2人の男の行方を追っているが、未だ有力な情報などは得られておらず、この2人の似顔絵を公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

山県警察署 殺人事件捜査本部

0826-22-0110

 

北広島町老人ホーム殺人事件の不審者の似顔絵と特徴画像
出典:山県警察署

 


【西白島町少女刺殺事件】

 

西白島町少女刺殺事件は、2000年(平成12年)に広島県広島市で発生した刺殺事件である。

2000年1月20日午前3時50分頃、広島県広島市中区西白島町の城北の地下道で、広島市中区に住んでいた熊井梢さん(当時16歳)が何者かによって殺害された。

熊井さんは、広島市中区からタクシーで家の近くまで帰り、コンビニエンスストアで買い物をした後、帰宅途中に何者かに刃物で刺された。

熊井さんは、祖母と2人暮らしで高校には通わず、事件当日は深夜まで遊んでおり、その帰宅途中に被害に遭った。

現在も犯人は逮捕されておらず、広島中央警察署は事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

広島県広島中央警察署捜査本部 (熊井梢さん殺人事件)

082-224-0110

 

「現場付近の地図」

西白島町少女刺殺事件の現場付近の地図
出典:広島中央警察署

 


【広島市スーパー店員強盗殺人事件】

 

広島市スーパー店員強盗殺人事件は、2000年(平成12年)に広島県広島市で発生した強盗殺人事件である。

2000年9月3日午後9時過ぎ、広島県広島市佐伯区五日市中央4丁目のスーパーマーケット「マルショク五日市店」の商品搬入口で、男性従業員(当時36歳)が死亡しているのが発見された。

発見したのは同スーパーの警備員で、男性従業員は仰向けで血を流して倒れていた。

男性従業員が倒れていた商品搬入口から約50m北側にある駐車場には血痕が残されていた。

司法解剖の結果、男性従業員は刃物で首や顔など数ヶ所を切られ、左手には犯人と争った時についたと思われる傷が残っていた。

店内からは現金数千万円と預金通帳が入っていた手提げ金庫と、被害男性の免許証・携帯電話・眼鏡、そして被害男性の車のカギが無くなっていた。

現場には犯人のものと思われるサングラスが残されていた事から、犯人が被害男性の眼鏡と間違えて持ち去った可能性が高いと見られている。

 

その後の捜査で、現場から約5km離れた広島市西区の太田川放水路河口付近で、奪われた手提げ金庫や被害男性の免許証と眼鏡が発見された。

手提げ金庫はカギが開けられ中身は無く、被害男性の免許証は細かく切り刻まれていた。

発見された手提げ金庫の近くには、血のついた凶器と見られるナイフが落ちていた。

現在も捜査は続いているが、これまで犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

佐伯警察署は目撃情報をもとに本事件のチラシを作成し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

広島県佐伯警察署 強盗殺人事件捜査本部

082-922-0110

 

「佐伯警察署が作成したチラシ」

広島市スーパー店員強盗殺人事件のチラシ
出典:佐伯警察署

 

 

【未解決事件】島根女子大生死体遺棄事件の犯人は逮捕されていた?

【島根女子大生死体遺棄事件】

 

島根女子大生死体遺棄事件は、2009年(平成21年)に広島県と島根県の県境付近で発生した死体遺棄事件で、島根女子大生バラバラ殺人事件とも呼ばれている。

2009年11月6日、広島県と島根県の県境付近の広島県北広島町の臥龍山(がりゅうざん)山頂付近で、女性の頭部が発見された。

発見したのは山にキノコ狩りに来ていた男性で、頭部が落ち葉の上に置かれているのを見つけ、警察に通報した。

駆け付けた警察によると、セミロングの髪型である事が分かり、首には刃物で切断されたような跡があったという。

DNA鑑定より、この女性は島根県浜田市で10月26日から行方不明になっていた島根県立大総合政策学部1年生の平岡都さん(当時19歳)である事が判明し、死亡推定時期は11月6日の約1~2週間前と見られる。

 

平岡さんは香川県坂出市の出身で、2009年春に高松商業高校を卒業後、島根県浜田市にある島根県立大学に進学していた。

真面目な人物で特定の異性交遊はなく、目立ったトラブルなども無かったという。

交友範囲は、大学の語学クラスやゼミ、サークル、バイト先くらいで、メールや電話でやり取りする相手も比較的少なかった。

海外留学の希望を抱く明るい性格で、将来の夢は英語を使える仕事に就く事だった。

また、途上国の飢餓を救うボランティアサークルに所属しており、授業を欠席する事もほとんどなく、成績も優秀だった。

連休や盆休みには必ず実家に帰省し、家族とも触れ合っていた。

 

広島県警と島根県警は合同捜査本部を設置し、残りの遺体の発見や犯人特定の捜査を開始した。

そして、11月7日に左大腿骨の一部を発見し、11月8日には両手足の無い胴体部分、11月9日に左足首、11月19日に爪を発見した。

遺体の状況から平岡さんは、何者かに連れ去られ、間もなく殺害されたと見られている。

また、遺棄されていた現場に血痕が少なかった事から、別の場所で殺害された可能性が高いと見られる。

警察は、犯人が殺害に空き家を使ったのではないかと見て、島根県西部や広島県との県境付近を中心に、対象となる約9,000棟のうちの7割の確認作業を終えたが、管理者と連絡が取れないなどの理由で建物内に入れないケースもあり、捜査は難航している。

 

平岡さんは殺害され遺体をバラバラにされただけでなく、胴体全体には焚火などでついたと思われる焼け跡があり、胸は刃物でえぐり取られ、ほとんどの内臓が取り出されていた。

更に頭部には殴られた跡があり、左頬には足で踏まれた跡もあった。

あまりに残忍な手口だった事から、警察の捜査員の中からは「被害者は人間以外の動物に食いちぎられたのではないか」という意見も出たそうだ。

平岡さんが最後に確認されたのは26日午後9時15分頃で、防犯カメラに映った浜田市内のアルバイト先のショッピングセンターの従業員通用口を出る姿だった。

平岡さんがアルバイト先を出たのと同時刻に、従業員通用口付近で白い乗用車が目撃されており、警察はこの乗用車の人物が何らかの事情を知っているのではないかと見て、行方を追っている。

その後、白い乗用車についての情報が約30件寄せられたそうだが、どれも事件に関係するものではなかった。

ただ、男性のタクシー運転手から、「10月29日午後9時半頃、JR浜田駅前にある飲食店付近で客待ちをしていた際、男2人に連れられた平岡さんによく似た服装の女性を見た。」という話があり、警察は関連を調べている。

平岡さんの姿が最後に確認された時の服装は、白地に黒の横縞模様が入ったフード付きのワンピースに黒色のレギンス様のもの、黒っぽい靴を履き、黒色のバッグを持っていた。

 

「犯人の遺留品」

・遺体の胴体から犯人の血痕が付いたビニール片が発見されている。

このビニール片はNTTが電話帳の配達に使用するポリ袋の一部と見られる。

このポリ袋は年や地域によって色や文字、デザインが異なる事があり、流通ルートを調べてみると1995年初めに広島県の三次市・安芸高田市・東広島市・呉市・三原市の5つの市に配達されていた物である事が判明した。

 

「容疑者特定」

捜査本部は2016年の初めから過去に性犯罪歴のある人物を洗い直していた。

すると、事件当時益田市に住んでいた男が容疑者に浮上した。

この男は事件の5年前の2004年に、通りかかった女性にワイセツな行為をしようとしてケガをさせるなどの事件を3件起こし、懲役3年6ヶ月の実刑判決を受けていた。

この男と平岡さんに接点は無かったが、男の遺留品のデジタルカメラとUSBメモリーの削除された画像データを復元したところ、平岡さんの遺体や包丁などの57枚の画像が確認できた。

中でも決定的証拠となったのは、平岡さん宅の壁や風呂場を背景に平岡さんが撮影されていた画像だった。

また、2016年12月に男の実家があった山口県下関市内で、遺留品のビニール片と同じポリ袋が配布されていた事も判明している。

 

そして捜査本部は2016年12月20日、この男を殺人・死体損壊・死体遺棄罪で、松江地方検察庁に送致した。

しかし、2017年1月に男が死亡した事で松江地検は男を不起訴処分とし、事実上、未解決事件となった。