【江東マンション神隠し殺人事件の全貌】犯人の生い立ちと現在は?

【江東マンション神隠し殺人事件】

 

江東マンション神隠し殺人事件は、2008年(平成20年)に東京都江東区で発生した殺人事件である。

2008年4月18日夜、東京都江東区潮見2丁目に住んでいた会社員の東城瑠理香(とうじょう るりか)さん(当時23歳)が、自宅マンションから突如、行方不明になった。

東城さんはマンションの最上階の9階に住んでおり、自室の玄関には少量の血痕が残されていた。

東城さんと同居していた姉は、帰宅後、室内の異変に気付き、警察に捜索願を出していた。

また、マンションには監視カメラが設置されていたが、東城さんがマンションの建物から外出した様子は見られなかった事から、マスメディア各社は「神隠し事件」としてトップニュースで報じた。

当時、このマンションは3分の1くらいが空室となっており、東城さんの両隣は空室となっていた。

警視庁は、マンションの住民全員から事情聴取を行い、任意での指紋採取、家宅捜索も行った。

そして、事件発生から約1ヶ月後の5月25日、東城さん宅の2部屋隣に住む派遣社員の男を住居侵入容疑で逮捕した。

その後、容疑者の男は死体損壊・死体遺棄の疑いで同年6月13日に再逮捕され、6月25日には殺人容疑で再逮捕された。

 

 

「事件の全貌」

容疑者の男の供述により、事件の全貌が明らかになった。

 

・引っ越し

容疑者の男は、2008年2月9日にマンション9階の一番南側の部屋である918号室に引っ越してきた。

そして、東城さんとその姉は2008年3月1日に、容疑者の男が住む部屋の2部屋隣の916号室に引っ越してきた。

このマンションには、監視カメラやオートロックなど防犯設備が多く設置されており、東城さん姉妹がここに決めたのも、こういった防犯設備が理由の一つでもあった。

容疑者の男は、事件の約1週間前から東城さんに狙いを定めていた。

 

・拉致・殺害

4月18日午後6時過ぎ、仕事から帰宅した容疑者の男は、東城さんを性奴隷にする目的で東城さんの帰りを待ち伏せしていた。

そして、東城さんの帰宅直後を狙い、東城さん宅に侵入した。

しかし、東城さんに騒がれたため、頭部を殴打し拉致して自室へ連れ帰り、縛って部屋に寝かせておいた。

その後、東城さんと同居していた姉は、午後8時30分過ぎに帰宅した際、東城さんが履いていたブーツや弁当袋が床に落ちていたり、玄関に少量の血痕があるなどの異変に気付いた。

また、東城さんの姉は、午後7時21分に東城さんから「マンションについた」というメールを受け取っていた。

しかし、東城さんが自宅にいなかったため警察へ被害届を提出した。

そして、早くも警察の捜査が始まった事を知った男は、事件の発覚を恐れ、東城さんの首に包丁を刺して殺害した。

 

・遺体の解体・隠蔽

容疑者の男は東城さんを殺害後、遺体を包丁2本とノコギリでバラバラに切断し、冷蔵庫の中やベッドの下、段ボール箱などに入れ隠した。

また、腕や足の肉を包丁を使って剝ぎ取り、まな板で切り刻んで水洗トイレから下水管に流した。

残った骨はノコギリで細かく切り、冷蔵庫の中に入れて隠した。

その後、胴体を解体し、腹や胸から肉を剥ぎ取って臓器を取り出し、まな板の上で切り刻んで水洗トイレから下水道管に流し、残った骨は冷蔵庫の中に入れた。

そして、頭から髪の毛を切り、頭皮を耳や鼻、唇ごと剝ぎ取り、眼球をえぐり出し、それらを切り刻んで水洗トイレに流した。

更に、頭蓋骨をノコギリで切り、脳を取り出して下水道に流し、頭蓋骨は数個に切り冷蔵庫の中に入れた。

 

・家宅捜索

翌19日、警察がマンション全室の家宅捜索を行った際、容疑者の男は事件とは無関係な段ボール箱を捜査員に見せ中身を確認させた上、警察が中身を詳しく調べないだろうと考え、遺体の一部が入った段ボール箱をあえて自ら示し、中身確認を促すなど巧妙かつ大胆に振る舞った。

その結果、警察は遺体が入った段ボール箱を見逃す事となった。

その後、容疑者の男は東城さんの遺体を細かく切り刻んでトイレに流したり、出勤時にゴミ捨て場に捨てるなどして、5月1日までに遺体を全て処理した。

 

・指紋一致・逮捕

東城さん宅内の指紋を警察が調べたところ、容疑者の男が東城さん宅に侵入した際に指紋を残していた事が判明した。

事件直後、警察は容疑者の男を含むマンションの住民全員から指紋を任意で採取していたが、その時、容疑者の男は何らかの薬品を使って指先の皮膚を荒らしていたため、10本ある指の全ての紋様が読み取れず、照合が不可能だった。

しかし、事件から約1ヶ月後に再度警察が容疑者の男の指紋を採取した際には皮膚は再生していた。

そして、東城さん宅で採取した指紋と一致したため、男を逮捕した。

 

・DNAの一致・東城さんの所持品発見

容疑者の男の逮捕後、警察が下水管などを調べた結果、わずかに残った遺体肉片と東城さんのDNAが一致した。

また、男の部屋の一室や浴槽から採取された血痕と東城さんのDNAも一致した。

その他にも、東城さんが所持していた財布や免許証などの切断された一部も発見された。

 

 

「犯人はどんな男なのか?」

星島貴徳
引用:#星島貴徳hashtag on Twitter

 

逮捕されたのは、岡山県出身の星島貴徳(ほしじま たかのり)。

星島容疑者は、両親と妹の4人家族で、父親は税理士もしくは税務職員だったと言われている。

母親は普通の専業主婦で、妹とは仲が良かったようだ。

父親の仕事の都合で転勤が多かったため、学生生活は落ち着かなかったものの、母親によると、きちんと宿題を終えてから遊びに出掛ける良い子だったようだ。

しかし、1歳11ヶ月の頃に太ももに大火傷を負い、そのせいでケロイド状の痕が残ってしまい、コンプレックスを持って育った。

 

・その後の経歴

星島容疑者は中学を卒業後、地元岡山県の県立高校に入学し、情報処理科を専攻した。

そして、高校を卒業後、大手ゲームメーカーのセガに就職した。

星島容疑者は、セガでプログラマーとして働きたいと思っていたが、配属先がゲームセンターの店長だったため、後に退職した。

その後、コンピューター関連企業で派遣社員として働き始め、月に50万円ほど稼いでいたようだ。

 

・歪んだ思想

星島容疑者は、火傷痕の影響もあり、女性との交際経験がなかった。

そのせいもあってか、彼の思想や性的志向は歪んでおり、自分との性行為に依存するような女性を求めていた。

そして、女性を拉致して性行為を続ければ、女性が自分の虜になると思い込んでいた。

更に、四肢を切断した女性と性行為をしたいという欲望も持っていた。

この欲望を実現させるために、東城さんの四肢を切断し、遺棄したと考えられている。

 

「星島容疑者は取材に応じていた」

星島容疑者は、事件翌日に報道関係者の取材に応じていた。

 

Q:今初めて家から出た?

A:そうですね。おとなしくしてた方がいいかなと思って。

 

Q:叫び声は?

A:全然なかった。(警察に)8時くらいはどうだったと聞かれたが、全然覚えていないって言った。

 

Q:警察から東城さんの写真を見せられた?

A:エレベーターに入る女性を見た。

 

Q:見覚えはあった?

A:ちょっとない。

 

星島容疑者は、その後、警察に対して「簡単な挨拶をした事はある」と説明を変えていた。

また、警察の家宅捜索の際、普通に中を見てもらい、「外の音はしないんですよ」と話し、その後、警察から「風呂場とトイレを見せて」と言われた際には「どうぞ」と答えたという。

更に、警察の捜査に質問が及ぶと、「エレベーターで出ていくのが防犯カメラに映っていないんで、ちょっとおかしいんじゃないかと。僕を疑っているのかもしれないんですけど。疑われたというのもあるかもしれないですけど。」と笑いながら答えていた。

星島容疑者は、毎日のようにタクシーで通勤し、片道約2,500円の料金に対し、いつもお釣りはいらないと言って3,000円を支払っていたという。

 

 

「裁判」

・第一審

2009年1月13日、東京地方裁判所(平出喜一裁判長)で初公判が開かれ、星島被告は起訴事実を認めた。

公判の中では、事件の全貌や星島被告の陵辱を好む性癖が明らかにされた。

また、この裁判は、裁判員制度のモデルケースとしても注目された。

検察が証拠として被害女性の遺体の一部である骨片49個、全て5cm角程に切り刻まれた肉片172個を65インチのモニターに表示するなどをした事で、再度クローズアップされる事となった。

 

同年1月26日、検察は論告で、ワイセツ目的略取という身勝手な動機や、完全犯罪を目論んだ徹底した罪証隠滅工作、部屋の血液反応という物証が提示されるまで犯行を否認した事、そして永山基準以降で殺人の前科がない1人殺人で死刑が確定した3事件の例を提示し、死刑を求刑した。

一方、弁護側は最終弁論で、前科がない事や逮捕後は犯行を供述して謝罪している事、下半身に大火傷を負った過去の生い立ちなどを提示し、死刑回避を求めた。 

 

同年2月18日、東京地方裁判所は、「性奴隷にしようとして拉致し、事件の発覚を防ぐには被害者の存在自体を消してしまうしかないと考えた自己中心的で卑劣な犯行で、酌量の余地はない。」と厳しく指弾したが、「死刑選択には相当強い悪質性が認められる事が必要となるが、この殺害では執拗な攻撃を加えたものではなく、残虐極まりないとまでは言えない。自ら罪を悔いており、死刑は重すぎる。」として、検察の死刑求刑に対し、無期懲役を言い渡した。

その後、検察は同月に量刑を不服として控訴した。

 

・控訴審

同年6月11日、東京高等裁判所(山崎学裁判長)で控訴審の初公判が開かれた。

検察側は控訴趣意書で、死刑求刑に対して無期懲役とした一審判決に対し、「犯行は類を見ないほど凶悪で危険極まりない。一審の刑は軽過ぎる。」として、改めて死刑を求刑した。

一方、弁護側は、殺害された被害者が1人で死刑の適用が争点となった事件と比較し、「無期懲役が最も適切」とし、控訴棄却を求めた。

そして、同月16日、控訴審が結審した。

 

同年9月10日、控訴審判決公判が行われ、東京高裁は「殺人などの重大犯罪で、冷酷かつ残虐で人倫にもとる犯行。」と指摘したが、殺害方法の残虐性や殺人、死体損壊・遺棄の計画性を否定するなどし、「前科などもなく、自らの罪を悔いて謝罪の態度を示し、矯正の可能性がある。」として、永山基準や被害者が1人でも死刑となった過去の事案との違いを指摘し、「極刑がやむを得ないとまでは言えない。」と結論づけ、一審の東京地裁判決を支持し、検察側の控訴を棄却した。

これを受け検察は、「憲法違反や判例違反などの明確な上告理由がない。」と上告を断念し、被告人側も上告しなかったため、同月25日に被告の無期懲役が確定した。

 

「星島受刑者の現在は?」

2ちゃんねるで星島受刑者が獄中自殺したという噂が広まった。

しかし、後にこの噂はデマだった事が分かった。

このようなデマが広まるほど、この事件は注目を集めていたのだろう。

星島受刑者は現在、無期懲役の判決を受け、千葉刑務所に収監されていると言われている。

無期刑の場合、15~20年程度で仮釈放が認められるといった誤解が蔓延しているが、それは2004年までの事で、2005年に行われた刑法改正により、有期刑の上限が20~30年に引き上げられた事や、昨今は厳罰化傾向にある事から、この十数年は30年超が当たり前となっているようだ。 

よって、星島受刑者の仮釈放が認められるまでには、早くても後20年くらいはかかりそうだ。

 

 

群馬県館林市で発生した化粧品販売員強盗殺人・死体遺棄事件

【化粧品販売員強盗殺人・死体遺棄事件】

 

化粧品販売員強盗殺人・死体遺棄事件は、2015年(平成27年)に群馬県館林市で発生した事件である。

2015年4月15日午前10時50分頃、群馬県館林市を流れる多々良川で、栃木県足利市に住んでいた化粧品販売員の萩原孝(はぎわら たか)さん(当時84歳)の遺体が発見された。

発見したのは近所に住む男性で、萩原さんの遺体を見つけ、警察に通報した。

この場所は、萩原さんの自宅から約5km離れていた。

発見時、萩原さんの顔には布の袋が被せられ、首にはマフラーのようなものが巻かれていた。

所持品はなく、靴も履いていなかった。

司法解剖の結果、目立った外傷はなく、首を強く絞められた形跡もなかった。

また、肺から水が検出されなかった事から、水死の可能性も低いと見られ、死因は特定されていない。

 

萩原さんは、3月25日から行方不明になっており、この日の予定について周囲に、「宇都宮に出掛ける」と話していたという。

萩原さんの10年来の友人は、「宇都宮方面に行きますけど、お土産は何がいいですか?」と聞かれたが、「宇都宮に出掛ける」と聞いて違和感を覚えたという。

萩原さんは以前、この友人に「最近、方向音痴になってきたから、あまり遠くには行かないんですよ。」と話していた事から、友人は「恐らく1人ではなく、誰か友達と一緒に行くのだろう。」と思ったという。

萩原さんは、3月25日昼頃、自ら車を運転し外出したが、その後、行方不明になっていた。

次の日になっても帰ってこない萩原さんを心配した家族は、27日に足利警察署に相談し、同署は情報提供を呼び掛けていた。

遺体発見時、萩原さんの車はどこにも見当たらず、車が発見されたのは、萩原さんの自宅から約1kmのところにある栃木県足利市の足利市民プラザの駐車場だった。

警察によると、車は失踪当日から移動していないと見られている。

 

「事件が急展開」

失踪から8日後の4月2日、群馬県千代田町に止めてあった車の中から、萩原さんの血のついたジャンパーが発見された。

この場所は、萩原さんの自宅から南に約11kmのところにある。

萩原さんは失踪当時、長袖のシャツにジャンパーを羽織り、手提げバッグと黒い長財布を持ち、指には動物が彫られた金の指輪をはめていた。

この車の持ち主は、群馬県板倉町在住の40代の女性だった。

実は、この女性も萩原さんと同じ3月25日から行方不明になっていた。

萩原さんとこの女性の自宅は約20km離れており、仕事上の繋がりや電話の通話記録、メールのやり取りなど、明確な接点は一つもなかった。

警察によると、この40代の女性は職場の上司に、3月25日は「休みます」と伝えていたという。

警察は、この40代の女性が何らかの事情を知っていると見て行方を捜していたが、2015年6月26日、千葉県我孫子市の利根川で遺体で発見された。

女性は発見時、ジャンパーにジーンズ、スニーカーを履き、腕には腕時計をつけていた。

致命的な外傷はなく、司法解剖の結果、死因は水死である事が判明し、死後2ヶ月以上が経っていた。

 

「容疑者の女を逮捕」

2018年(平成30年)1月24日、警察は、足利市の派遣社員で元化粧品販売員の落合和子(当時42歳)容疑者を、萩原さんの死体遺棄容疑で逮捕した。

死体遺棄罪の公訴時効は3年のため、時効まであと2ヶ月というギリギリのタイミングだった。

警察は、落合容疑者が萩原さんが失踪した当日に、萩原さんと電話で話した後、足利市内で直接会っていた事を掴んでいた。

そして、事情聴取の際、萩原さんの死体を遺棄した経緯を供述した事から逮捕に至った。

落合容疑者は、萩原さんとは顔見知りで、利根川で遺体で発見された40代女性とは親しい間柄だった。

落合容疑者は、事件直前に萩原さんと40代女性の3人で出掛けたと話しており、萩原さんの遺体が見つかった近くの橋から、女性が人形のようなものを落としていたとも供述している。

落合容疑者は事件当時、多額の借金を抱え、仕事上の900万円ほどの未払金や公共料金の支払いを迫られていた。

落合容疑者は事件当日、40代女性と行動を共にし、枕カバーやスカーフを購入していた上、40代女性の車に乗り込む様子が防犯カメラに映っていた。

そして、2018年12月25日には、事件当日に群馬県内かその周辺で萩原さんの首を絞めて殺害し、現金約50万円を奪った強盗殺人容疑で再逮捕された。

 

「裁判」

2018年12月5日、落合和子被告の裁判員裁判の初公判が、前橋地裁で行われた。

落合被告は、強盗殺人罪について「私とは関係ありません」と容疑を否認し、死体遺棄罪については「手伝った事はある」と述べ、事件当日に一緒に行動していた別の女性に従属的に関与したと主張した。

検察側は冒頭陳述で、「落合被告は金遣いが荒く、親族や消費者金融から借金をし、働いていた化粧品の委託販売店にも売上金の支払いを迫られていた。」と説明した。

また、仕事仲間だった萩原さんを殺害し、現金を奪う動機があった事を指摘し、40代の女性会社員と共に萩原さんと会った後、殺害して金を奪い、遺体を遺棄したとも主張した。

一方、弁護側は、萩原さんを殺害したのは40代の女性だと主張した。

女性は落合被告の姉の同級生で、落合被告に「超人的な存在」が乗り移ると信じて「ピーチ」や「殿下」といった架空の名前で信仰していたと説明し、萩原さんを殺害したのは金銭関係の相談をした落合被告と女性に萩原さんが説教したのが原因で、落合被告は死体遺棄を頼まれて手伝っただけだとした。

また、落合被告は姉から「お供え」として現金を渡され、「人を殺して奪うほどには困窮していなかった。」とも述べた。

証人尋問では、落合被告の聴取をしていた警察官が出廷し、事件発生から逮捕まで約3年を要した捜査について「被告の財務捜査が決め手となった。」と述べ、「姉と女性は(落合被告に)マインドコントロールされていた。」と話した。

 

・判決

前橋地裁は1審で無期懲役を言い渡し、弁護側はこれを不服とし控訴していた。

しかし、東京高裁は2019年10月10日、「借金の返済に充てる現金を必要としており、金品を奪う目的で殺害する動機があった。」と判断し、無期懲役とした1審前橋地裁の裁判員裁判判決を支持し、弁護側の控訴を棄却し、2審でも無期懲役となった。

 

「被害に遭った萩原孝さん」

萩原孝さん
引用:緊急!TV公開大捜査 特捜事件ファイル2016

 

・名前:萩原孝(はぎわら たか)さん

・当時の年齢:84歳

・住所:栃木県足利市

・職業:化粧品販売員

 

萩原さんは、化粧品の契約が決まると営業所で化粧品を受け取り、顧客へ届ける仕事をしていた。

約30年の訪問販売のキャリアを持ち、周りの人からも愛されていた。

 

 

島根立てこもり男を監禁容疑で逮捕!動機は女性関係の恨み

島根県出雲市神西沖町にある運送会社「上田コールド」の本社で、女性従業員を人質にとり立てこもっていた男が、15日午前8時45分頃、監禁容疑で逮捕された。

捜査関係者によると、男は警察の説得の中で「女性関係で会社と関係がある男性に恨みがあり、呼び出すためにやった。」という趣旨の話をし、この男性を連れてくるよう要求していたようだ。

そして、事件発生から約18時間経った15日午前8時半頃、男は警察の説得に応じて女性従業員を解放し、その場で監禁容疑で逮捕された。

女性従業員にケガなどはなかった。

 

1月14日午後2時半頃、島根県出雲市神西沖町にある運送会社「上田コールド」の本社から、「30代くらいの男が刃物のような物を持って立てこもった。」と110番通報があった事で事件が発覚した。

男が立てこもっている上田コールド本社
引用:TBS NEWS

 

40歳代の女性従業員1人が人質となり、警察は男の説得を続けていた。

出雲署によると、立てこもっていた男は20歳代と見られ、同運送会社に刃物を持って侵入後、女性従業員1人を人質にとり、他の従業員に「立てこもりをしたい。従業員は外に出ろ。」と指示し、「社長に会わせろ」などと話していた。

この男は、同運送会社の従業員や取引先の人間ではなく、人質女性とも面識はなかった。

また、金品などの要求もしていなかった。

男が立てこもっていたのは同運送会社本社の2階の会議室で、複数の警察官が2階の廊下で男と直接顔を合わせるなどして説得を続けていた。

人質女性は2階会議室内に1人でおり、トイレや食事ができる環境にあり、男は2階会議室の前の廊下付近で刃物を持った状態で、複数の警察官との会話に応じていた。

 

同運送会社は、1973年創業の会社で、冷凍・冷蔵生鮮品の運送などを行っており、小型から大型までの様々な車種のトラックを150台保有しており、事件現場となっている本社の他、3ヶ所の物流センターと1支店を展開している従業員約170人の大手運送会社。

現場は、JR出雲神西駅から北西に約1.5kmの田畑や住宅地に囲まれた所にある。

 

警察は、男の詳しい動機などを調べる事にしている。

男が立てこもっていた島根県出雲市の現場から約400mの所にある小学校では、学校の職員などが児童が安全に登校できるよう通学路などで見守っており、14日は臨時で集団下校を行ったという事だ。

15日朝は、子供と一緒に登校する保護者の姿も見られた。

 


【現場の地図】

 

 


【男の情報】

 

・名前:中尾懐聖(なかお かいせい)

・年齢:23歳

・住所:千葉市緑区誉田町

・職業:無職

・凶器:刃物のようなもの

・目的:女性関係による恨み

 

 

船戸結愛ちゃん虐待死事件、母親に懲役11年を求刑!

2018年3月に東京都目黒区で船戸結愛(ふなとゆあ)ちゃん(当時5歳)を虐待死させた事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われている母親の優里被告(27歳)の裁判員裁判が東京地裁で9日行われた。

検察側は優里被告に対し、「命を守る親として最低限の行動も起こさなかった」と非難し、懲役11年を求刑した。

論告で検察側は、「雄大被告(34歳)と共に十分な食事を与えず、体重が刻々と減っていることを知りながら病院に連れて行かなかった。終わらない空腹の苦痛を与え、心拍が確認できなくなるまで放置した犯行はこのうえなく悪質だ」と指摘した。

更に続けて、「児童相談所の職員が来ても追い返すなど、誰も助けられない状況を自ら積極的に作り出した。夫との関係を優先し、5歳の子供を死亡させた結果は極めて重大だ」と主張した。

一方、弁護側は「優里被告は雄大被告から連日長時間の説教を受け、結愛ちゃんへの暴力を見せつけられる心理的なDV(家庭内暴力)によって支配されていた。機嫌を損ねて虐待が酷くならないように、雄大被告に従わざるを得なかった」とし、懲役5年が相当だと主張した。

優里被告は最終陳述で「異常なほど結愛のことを愛していたのに、結愛の心も体もぼろぼろにして死なせた罰は、しっかり受けたい」と声を震わせながら述べた。

 

判決は9月17日に言い渡されるようだが、懲役11年でも軽く思えてならない。

保護責任者遺棄致死罪に問われると、一体どのくらいの量刑になるのだろうか、そしてこの求刑に対し世間の人はどう思っているのだろうか?

 


【保護責任者遺棄致死罪の量刑は?】

 

保護責任者遺棄致死罪は、遺棄罪または保護責任者遺棄罪・不保護罪の罪を犯し、死傷が生じた場合、刑法219条によって処理され、結果に故意がある場合は殺人罪(刑法199条)が成立する場合もあるようだ。

量刑は保護責任者遺棄罪が3ヶ月以上5年以下の懲役、殺人罪が死刑または無期懲役もしくは5年以上の懲役になるようだ。

 

2018年12月に盛岡地裁で、当時1歳9ヶ月の長男に十分な食事や水分を与えず、自宅に放置して死なせ、父親が保護責任者遺棄致死罪に問わるという、今回の事件と似たケースの裁判が行われており、言い渡された判決は次のようになっている。

裁判長は、

「妻と別居状態で唯一の保護責任者だったにも関わらず、最低限の保護すら尽くさず犯行態様は悪い」

と述べた上で、

「逮捕当初から犯行を認め反省の言葉を述べている」

とし、懲役6年の求刑に対し懲役5年の実刑判決を言い渡している。

 

優里被告の場合は、食事を与えていなかっただけでなく、結愛ちゃんに対する雄大被告の暴力も黙認していたので、もう少し重い量刑になるかもしれないが、それでも6~8年くらいではないだろうか。

裁判での嘘泣きや反省の言葉、雄大被告による心理的なDVが考慮されれば、盛岡地裁で行われた裁判のように、懲役5年くらいになるかもしれない。

こんな量刑だからいつまで経っても虐待が減らないのではないだろうか。

今回の事件を機に刑法を改正し、量刑を重くしてくれる事を願う。

 


【求刑に対する世間の反応は?】

 

・間を取って8年などとしないで、きっちり量刑を出すべき。

 

母親が最後の砦だったのに、子を守ろうとしなかった責任は重いし結愛ちゃんの気持ちを思うと本当にやりきれない。

 

・そやな。一般的な世間感情からしたら甘いと思うわな。

 

とかく日本の司法は加害者に甘く、被害者、特に死者に厳しい。

 

生きていく人間が優先され、死人に口なしで死者は冷遇。

 

それが日本って国やで。残念ながらな。

 

・親子とか無視しても同じ人間が人間にこんなことができる。

 

何かを忘れて高度成長してきた付けかもわからない。

 

成長と繁栄に程遠かった人たちかもわからないね。

 

それとも、ただ単に自分のことしか考えられない未成熟な人間が増えたのかもね。

 

・>「結愛の心も体もぼろぼろにして死なせた罰は、しっかり受けたい」
だけど、求刑に近い判決なら控訴するんだろうな。

 

それはそうと、検察は人の心があるなら、雄大に対しては断固として死刑を求刑すべき。

 

・児童虐待による殺人に対して保護責任者遺棄致死罪を適用するのでは亡くなった子供が不憫すぎる。

 

結愛ちゃんが親に見捨てられ飢えや痛みや恐怖に耐えて亡くなった事を考えれば雄大被告は万死に値すると思う。

 

保護責任者遺棄致死罪が極刑回避のための法律にならぬよう厳罰な法改正になるよう切に願う。

 

 

やはり厳罰を望む意見が多いようだが、私的には2人とも極刑でいいと思う。

「異常なほど結愛のことを愛していたのに」と言うのなら、なぜ助けてあげなかったのかが全く理解できない。

1日に汁物1杯しか与えなかったり、結愛ちゃんが雄大被告に顔が腫れ上がるまで叩かれていたのに、それを黙認していたような人間だ。

雄大被告は結愛ちゃんの腫れ上がった顔を見て、「ボクサーみたいだな」と笑っていたそうだ。

もはや人間ではない。

結愛ちゃんの体には170ヵ所以上の傷やアザが残されていた。

娘がそこまでされているのに何もしないで放置するのど有り得ない。

雄大被告が極刑なのは当然として、優里被告にも最低でも無期懲役を望む。

 

杉並区、おもちゃのワルサーP38で連続コンビニ強盗か?

9月8日午前4時5分頃、東京都杉並区阿佐谷南にあるコンビニエンスストア「ファミリーマート阿佐谷南三丁目店」に、おもちゃの拳銃を持った男が押し入り、アルバイトの20代男性に拳銃を突き付け「金を出せ」と脅し、現金約10万円を奪って逃走した。

事件当時、店内に客はおらずアルバイト男性にもケガなどは無かった。

杉並署によると、逃げた男の年齢は30歳くらいで、青っぽいスーツにサングラス姿だったという。

犯人の男は、アルバイト男性におもちゃの拳銃を向けて引き金を引き、「ワルサーP38だ」などと話していたという。

 

また、この事件の5分ほど前にも、このファミリーマートから約250m離れた所にある別のコンビニに、おもちゃの拳銃を持った男が押し入り、自転車で逃走する強盗未遂事件が発生している。

更には、8日午前0時半頃にも新宿区西新宿にあるコンビニで、この男とよく似た男が強盗未遂事件を起こしているようだ。

警視庁は3件とも同一犯の可能性があると見て捜査している。

 

犯人が持っていたワルサーP38は、ルパン三世がよく使用している事で有名だが、知らない人のためにどんな拳銃か簡単に紹介しよう。

 


【ワルサーP38とはどんな拳銃?】

 

ワルサーP38の画像
出典:東京マルイ エアーハンドガン

 

上記画像がワルサーP38だが、ワルサーP38は1937年にカール・ワルサー社が開発した9mm軍用自動式拳銃だ。

1938年にドイツ国防軍の制式拳銃に採用され、第二次世界大戦中にドイツ軍に広く使用されていたようだ。

その後、いくつかの仕様変更が施され、1963年からはワルサーP1に改称されている。

更に、1974年10月から1981年まで、銃身長を70mmまで短縮し、セーフティーレバーをデコッキング機能だけとしたP38Kが生産されている。

 


【世間の反応は?】

 

・それこそルパンで知って調べたことがあるんだけど、ワルサーP38って、かなり昔の銃だよね。

 

とても現代の強盗で出てくるようなものではないはず。

 

・ニュースとして聞けばなんか子供っぽくて笑えるけど、実際、自分が店員だったらめっちゃ怖いと思うなあ・・・。

 

・ワルサーなら自分は、金出さない。

 

海外でも使われてないと思うし、国内で銃が見つかった時でもワルサーが出る事は昔から無いと思う。

 

・犯人が、捕まってないのに、オモチャとわかるのか。

 

・引き金引いたらバレちゃうでしょ?

 

・第二次世界大戦中の製造の骨董品じゃねーか。これ日本でいえば「一四式拳銃だ」って言ってるようなもんで、まぁありえないよね。

 

ルパン見すぎの40代より上の知識ないじじぃだろーな

 

 

傍から見るとちょっと笑えるが、実際に自分が店員でコンビニ強盗に遭遇したら怖いだろうなと思う。

しかし、「ワルサーP38だ」と言って店員を脅すのはダサいし子供っぽい。

連続でコンビニ強盗しているところを見ても、ゲーム感覚でやっているように思えてならない。

こういう奴なら、もう1件くらいコンビニ強盗をやってもおかしくない。

 

3歳男児に強制性交した男を逮捕!過去にも同様の犯罪歴あり?

2018年11月24日と29日の夜、知り合い女性の3歳男児が13歳未満と知りながら自宅でワイセツな行為をし、その様子をスマートフォンで撮影し保存した容疑で、福岡県警は9月4日、別の強制性交罪などで起訴されていた、会社経営の金子司(かねこつかさ)容疑者(35歳)を、強制性交等、強制わいせつ、児童買春・児童ポルノ法違反の疑いで再逮捕した。

金子容疑者は、「行為と撮影は間違いないが、動画を保存したかどうかは覚えていない」と容疑をおおむね認めている。

福岡県警によると金子容疑者は、知人女性の男児を自宅で預かったり、母子共に自宅に泊めたりしていたという。

この知人女性は、金子容疑者の男児に対するワイセツ行為を全く知らなかったという。

この事件が発覚したのは、沖縄県警が別の容疑者の捜査をしていたところ、家宅捜索で男児の動画を保存した外付けハードディスクが見つかり、福岡県警に情報提供した事が発端だった。

 

しかし、3歳男児にワイセツ行為とは、かなりヤバい人物である事は間違いないだろう。

金子容疑者とは一体どんな人物なのか、また以前にどのような犯罪を犯しているのだろうか。

 


【金子容疑者はどんな人物?】

 

「金子容疑者のプロフィール」

・本名:金子司(かねこ つかさ)

・年齢:35歳(2019年9月4日逮捕時の年齢)

・住所:福岡市中央区谷2丁目

・職業:会社経営

・逮捕容疑:強制性交等、強制わいせつ、児童買春・児童ポルノ法違反(製造)

 

「金子容疑者の顔写真」

顔写真は現在どこにも見当たらない

 


【ワイセツ行為を働いた自宅住所は?】

 

 


【金子容疑者の犯罪歴は?】

 

金子容疑者は、2019年6月に自宅で12歳の女子中学生に、性的暴行を加えた容疑が持たれている。

更にこれだけでなく、4年前にもこの女子中学生が8歳の時にワイセツな行為をしようとして起訴されている。

金子容疑者は、この女子中学生の母親と付き合いがあり、お互いの家を行き来していたようだ。

現在、福岡県警は、まだ余罪があると見て捜査している。

 


【世間の反応は?】

 

極刑以外に何かあるんでしょうか。

 

こういうのって治らないと思います。

 

次の被害者を出さないためにもぜひお願いしたいと思います。

 

再犯が恐ろしいので、全国に姓名、年齢、写真、会社名を広く告知して国民生活の安全保障と防衛の重要性を再確認するべき。

 

3歳だと分けわからないから笑いながらだったかもな。

 

とりあえずGPS埋め込めるべきだと思う。

 

これはもうちょん切っていいでしょう。

 

最悪。

 

こういう輩は個人的には死刑でいいと思います。

 

再犯の可能性が高い!

 

また、普通の頭脳を持っていない疑いも強い

 

とにかく気持ち悪い!

 

やはり世間からは、かなり厳しい意見が相次いでいるようだ。

確かに、こういうのは性格的なものなので、一生治らないように思ってしまう。

罪を償って出てきても、また同じ事を繰り返しそうだ。

 

GPSを体に埋め込むという意見があったが、とても良いアイデアではないだろうか。

出所させる前にGPSを埋め込んでずっと監視すれば、悪い事もできなくなるかもしれない。

 

結愛ちゃんが書いたノートに何度も「ゆるして」の文字が

2018年3月に東京目黒区のアパートで当時5歳だった船戸結愛(ふなとゆあ)ちゃんが、両親から虐待され死亡した痛ましい事件の裁判が本日4日に行われ、自宅から見つかった結愛ちゃんの手書きのノートやメモがモニターに映し出され読み上げられた。

結愛ちゃんはノートに自分が起きた時間や体重、「へやのかたづけをいっしょうけんめいする」などの自分がやる事を日々記していた。

亡くなる1ヶ月前に書かれたメモには「きのうパパにおこられたこと パパにべんきょうをおしえてもらったのにおれいをいわなかった とけいができるはずなのにごまかそうとしたからベランダでたたされた」と記されていた。

更に、「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」と書かれたメモが読み上げられると、母親の優里被告はうつむいたまま涙を流していた。

 

母親はなぜ結愛ちゃんを助けてあげられなかったのだろうか。

ここでは、この事件の概要と、なぜ母親は結愛ちゃんを助けてあげられなかったのか、そして結愛ちゃんの書いたノートの内容、世間の反応を紹介したいと思う。

 


【事件の概要】

 

2018年3月2日、東京目黒区のアパートで両親からの度重なる虐待を受け、当時5歳だった船戸結愛ちゃんが亡くなった。

そして、警視庁は3月3日に結愛ちゃんを殴り負傷させた傷害容疑で父親の船戸雄大(ふなとゆうだい)容疑者を逮捕し、6月6日に保護責任者遺棄致死の容疑で両親を逮捕した。

両親は同年1月頃から結愛ちゃんに十分な食事を与えず、医師の診察も受けささず、その結果結愛ちゃんを死亡させた。

母親の船戸優里(ふなとゆり)容疑者は逮捕後に、父親から度重なる虐待を受ける結愛ちゃんに適切な措置をとらなかった理由について「自分の立場が危うくなると思った」と述べた。

東京地検は6月27日に保護責任者遺棄致死罪で両親を起訴し、7月11日に3月3日の家宅捜索で父親のバッグから乾燥大麻が発見された件で大麻取締法違反容疑で追送検した。

 

結愛ちゃんは母親の優里容疑者と元夫との間に生まれ、船戸雄大容疑者と血縁関係はない。

2人は2016年に再婚し、以前は香川県善通寺市に住んでいた。

 

「東京に転居する前の出来事」

・2016年8月、香川県西部子ども相談センターが周辺に住む住民から通報を受けた事で、初めて結愛ちゃんに対する虐待の疑いが発覚する。

 

・2016年9月、両親の間に長男が誕生し4人家族となる。

 

・2016年12月25日、結愛ちゃんが裸足にパジャマ姿で外に放置されていたのを近所の住民が発見し、児童相談所が結愛ちゃんを一時保護した。

この時、結愛ちゃんは医師の診察を受け、日常的な虐待が確認された。

 

・2017年2月、親子面談を行い一時保護は解除されたが、3月に再び結愛ちゃんが外に放置された事で2度目の一時保護を受けた。

この時、結愛ちゃんは膝や腹部、唇など至る所に傷やアザができていたが、両親は結愛ちゃんに対する虐待を否定した。

また、この時、結愛ちゃんは児童相談所の心理士に「パパ、ママいらん」・「おもちゃもあるし、家に帰りたい」という葛藤も明かしていた。

 

・2017年7月31日、両親への指導措置付きという条件で一時保護を解除した。

 

・2017年12月、父親が仕事の都合で単身東京に引っ越した。

この頃は結愛ちゃんに対する虐待が見られなかったため、児童相談所は翌2018年1月4日に両親に対する指導措置を解除した。

 

「東京に転居してからの出来事」

・2018年1月中旬頃、結愛ちゃん達も東京に転居した。

しかし、母親は転居先の住所を児童相談所に明かさなかった。

その後、香川県の児童相談所が一家の転居先を調べ、1月23日に転居先が判明し、管轄の品川児童相談所に連絡し、品川児童相談所はこの案件の移管を受理した。

この頃から結愛ちゃんに対する虐待がエスカレートし、父親は結愛ちゃんに対して執拗にダイエットするよう指示していた。

結愛ちゃんは1日1食などの過度な食事制限を強いられ、体重が激減した。

 

・2018年2月、品川児童相談所の職員が家庭訪問を試みたが、結愛ちゃんとの面会を拒否された。

 

・2018年2月末頃、父親は風呂場で結愛ちゃんにシャワーを浴びせたり暴行を加えるなどして負傷させた。

 

・2018年3月2日午後6時頃、父親の119番通報を受け結愛ちゃんが病院に救急搬送されたが、その後死亡が確認された。

司法解剖の結果、結愛ちゃんの足には重度の凍傷が認められた。

結愛ちゃんは死亡前、臓器が正常な5歳児に比べ5分の1も小さく委縮しており、2月末に父親に暴力を受けた後から、ほぼ寝たきり状態で嘔吐を繰り返していた。

死亡時の結愛ちゃんの身長は108cmで、体重は12.2kgまで落ちていた(5歳児の平均体重は約19kg)。

近所の住民は結愛ちゃんが住んでいた事すら知らなかったという。

また、搬送される際の結愛ちゃんを見た住民は、「顔色が完全に土色みたいになっていて、あからさまに細過ぎだろう」と一目で異常さに気付いたという。

 


【母親はなぜ結愛ちゃんを助けられなかったのか】

 

優里被告は9月3日に行われた裁判で、結愛ちゃんの衰弱を放置し死亡させたとする起訴内容を大筋で認めた上で、「夫が娘を殴った事は知らなかった。夫の報復が怖くて警察に通報できなかった」と述べている。

優里被告は雄大被告から子育ての仕方を否定され、連日2~3時間の説教を受けていた。

結愛ちゃんも雄大被告から「愛想がない」と叱られ、次第に暴力を振るわれるようになり、優里被告が結愛ちゃんをかばうと、雄大被告は「かばう意味が分からない」と怒り、いつの間にか優里被告は「怒ってくれてありがとう」と感じるようになったそうだ。

弁護側は、「夫による強固な心理的支配があった。心理的ドメスティックバイオレンスで反抗できなくなった。まるで洗脳されていたようだ。」と弁明している。

 

これを見ると、夫に心理的に支配され、怖くて反抗できなかったから見て見ぬふりをするしかなかったように取れるが、警察や児童相談所に駆け込むとか、やり方は色々あったのではないかと思う。

一緒に住んでいるのに、夫が結愛ちゃんを殴った事は知らなかったというのも信用できないし、結愛ちゃんをかばっていた時に警察に行くべきだったと思う。

そうすれば、結愛ちゃんを助ける事ができたのではないだろうか。

 


【結愛ちゃんが書いたノートの全文】

 

船戸結愛ちゃんの写真
引用:Nippon News Network(NNN)

 

ママとパパにいわれなくってもしっかりとじぶんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから

 

もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします

 

ほんとうにおなじことはしません ゆるして

 

きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす

 

これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから

 

もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします

 

あしたのあさは きょうみたいにやるんじゃなくて

 

もうあしたはぜったいやるんだぞとおもって いっしょうけんめいやって
パパとママにみせるぞというきもちでやるぞ

 


【世間の反応は?】

 

5歳の女の子が飢えと痛みに耐えながら亡くなったと思うと不憫でならない。

 

母親が保護責任者遺棄致死罪になるのは分かるが、夫は殺人罪で起訴されるべきだと思うし、絶対に生かす形で許してはいけない!

 

きっと涙を流したのは子を思う母の涙では無く、自分の置かれている状況やこれからの自分を想像してでしょう。

 

亡くなられたお子さんに許してもらえると思うなよ。

 

ネットに名前が出たことで世間もお前を許さない。

 

目一杯苦しんで下さい。

 

「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」

 

5歳の子供が書いた文章とは思えません。

 

これを読んで救いの手を差し伸べなかった両親。

 

法的な刑期が終わっても、世の人々は、絶対にあなた方を許さないでしょう。

 

わずか5歳の子供にこんな文書を書かせた挙句死に追いやった大人たちを決して許せません

 

他人事ながら本当に口惜しい…

 

子供は物じゃ無い。

 

ここまで書かせて、教育とか絶対ありえ無い。

 

こんな人間に限り、また子供作り虐待するんだよなぁ。

 

軽い罪なんてありえない。

 

許せないね。

 

やはり世間の反応はかなり厳しいものになっている。

教育というのは言い訳にしか取れないし、5歳の女の子にご飯も食べささず、平気で暴力を振るったり、12月の寒い時期に裸足で外に放置したり、寝たきり状態になっているのに病院にも連れて行かず放置している神経が有り得ない。

自分より弱い子供や女性、老人に手を上げる人間は本当に最低としか言いようがない。

母親は手を上げていないにしても、夫と同じくらいの罪があるだろう。

2人は一生かけてもこの罪を償う事はできない。

どんな償いをしても、もう結愛ちゃんは帰ってこないのだから。

 

日本犯罪史に名を残す有名な事件

【足利事件】

 

1990年5月12日、栃木県足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明になり、翌13日の朝、近くの渡良瀬川の河川敷で、行方不明になっていた女児の遺体が発見された、殺人・死体遺棄事件である。

翌年の1991年、事件と無関係だった菅家 利和(すがや としかず)という人物が、被疑者として逮捕され、被告人として起訴された。彼は、刑事裁判で無期懲役が確定し、服役することとなった。

しかし、2009年5月に再鑑定を行った結果、遺留品のDNA型が彼のものと一致しないことが判明し、彼は無実の冤罪だったことが明らかとなった。

彼はただちに釈放され、その後の再審で無罪が確定した。彼の無罪が確定するまでの長い間、日本弁護士連合会はずっと再審を支援していた。

そして真犯人は検挙されず、時効が成立してしまった未解決事件でもある。

この事件を含めた、足利市内の渡良瀬川周辺で遺体が発見された3つの事件は、「足利連続幼女誘拐殺人事件」と呼ばれている。

 


【悪魔の詩訳者殺人事件】

 

悪魔の詩訳者(うたやくしゃ)殺人事件は、1991年7月11日に発生した殺人事件である。

1991年7月12日、筑波大学助教授だった五十嵐一が、同大学の筑波キャンパス人文・社会学系A棟7階のエレベーターホールで刺殺されているのが発見された。

司法解剖の結果、前日に殺害されたものと断定された。また、現場に残されていた、五十嵐氏の血液型と一致しないO型の血痕や、犯人が残したと見られる中国製のカンフーシューズの足跡(サイズ27.5cm)が見つかった。

五十嵐氏は、1990年にサルマン・ラシュディの小説「悪魔の詩」を邦訳しており、当時イランの最高指導者であった、ルーホッラー・ホメイニーは、1989年2月、同書が反イスラム的であるとし、サルマン・ラシュディや発行に関わった関係者などに対する死刑を宣告する、ファトワーを発令していたため、事件直後からイラン政府との関係が取り沙汰されていた。

そして2006年7月11日、真相が明らかにならないまま時効が成立し、未解決事件となっている。

 


【井の頭公園バラバラ殺人事件】

 

1994年4月23日、東京都三鷹市にある井の頭恩賜公園のゴミ箱に、ポリ袋に入った人間の足首が捨てられているのが発見された。

発見したのは清掃員の女性で、猫の餌を探していたところ、偶然ポリ袋を開けたことにより発見された。 

その後、駆けつけた警察官らが公園一帯を捜索したところ、7か所のゴミ箱から、計27個に切断された手・足・胴体の一部が、袋に入れられた状態で発見された。

袋は小さい穴の開いた水切り用の黒い袋と半透明の袋の二重になっており、漁師らがよく使う特殊な結び方できつめに結ばれていた。

手足の指紋のほぼ全てが削り取られていたが、わずかに残っていた指紋とDNAから、被害者は公園の近くに住む一級建築士の男性(当時35歳)であることが分かった。死因は不明で、肋骨の筋肉繊維に僅かな生前出血の跡が見られた。

目撃証言などから怨恨説や事故遭遇説、遺体の状態から複数人による組織的な犯行や異常性が感じられることから、宗教団体関与説など、様々な説が錯綜していた。

しかし、被害者の交友関係からは全く犯人に結び付くものはなかった。また、犯人に関する物証や情報も乏しく、犯人の特定に至ることなく2009年4月23日、時効成立となった。

犯人の動機など、謎が多い未解決事件である。

 


【三億円事件】

 

1968年12月10日、東京都府中市で発生した有名な窃盗事件である。三億円事件とも呼ばれている。

現金輸送車に積まれた東京芝浦電気(現在の東芝)従業員のボーナス約3億円が、偽の白バイ隊員によって奪われた事件である。

現在の貨幣価値に換算すると、約10~20億円に相当する金額である。

この事件がきっかけで、日本では多額の現金輸送の危険性が考慮されるようになり、給料等の支給を口座振込にしたり、専門の訓練を積んだ警備員による現金輸送警備が増加した。

三億円強奪事件とも呼ばれているが、事件のあった日本において、本事件は強盗罪には該当せず、窃盗罪となる。

警視庁捜査において容疑者リストに載った人数は実に11万人にのぼる。捜査に関わった警察官は延べ17万人、捜査にかかった費用は7年間で9億円以上にもなった。

犯人が残した遺留品が120点もあり、当時は楽観ムードだったが、窃盗品や大量に出回っている物ばかりで、犯人の特定には至らなかった。

目撃証言も多数寄せられ、モンタージュ写真も公表されたが、これも犯人の特定には至らなかった。

事件現場となった付近には、当時学生が多く住んでいたことから、辺り一帯のアパートに「ローラー作戦」と呼ばれた、全室への無差別聞き込みを行ったが、これもまた犯人の特定には至らなかった。

空前の大捜査となったが、1975年12月10日、公訴時効が成立した。1988年12月10日には、民事時効も成立した。

時効成立後、テレビ等で多く取り上げられることが原因で、この事件の犯人を自称する人物が何人も登場している。

この事件を題材とした映画なども多数制作された。

この事件は、犯人が「完全犯罪」を成し遂げた、日本犯罪史に名前を残す未解決事件である。

 


【帝銀事件】

 

帝銀事件(ていぎんじけん)とは、1948年1月26日に、東京都豊島区長崎の帝国銀行(後の三井銀行で、現在の三井住友銀行)椎名町支店で発生した毒物殺人事件である。

太平洋戦争直後の混乱期の中、GHQの占領下で起きた事件で、未だに多くの謎が解明されていない事件である。

1948年1月26日午後3時過ぎ、閉店直後だった帝国銀行椎名町支店に、東京都防疫班の白腕章を着用した中年の男が、厚生省技官の名刺を出し、「近くの家で集団赤痢が発生した。GHQが行内を消毒する前に予防薬を飲んでもらいたい。感染者の1人がこの銀行に来ている」と嘘をつき、行員と用務員一家の計16人に青酸化合物を飲ませたという事件である。

犯人は、全員に青酸化合物を飲ませられるように遅効性の薬物を使用し、怪しまれないように自分が先に薬物を飲んでみせた。

更に、「歯の琺瑯質(エナメル質)を痛めるから舌を出して飲むように」などと伝え、確実に嚥下させたり、第一薬と第二薬の2回に分けて飲ませたりと、巧妙な手口を使っていた。

犯人が先に薬物を飲んだことで、行員達は男を信用し、青酸化合物とは知らずに薬物を飲んでしまった。

そして、青酸化合物を飲まされた16人のうち11人が直後に死亡、搬送先の病院で1人が死亡し、計12人が殺害された。

犯人は現金16万円と、安田銀行(後の富士銀行で、現在のみずほ銀行)板橋支店の小切手を奪って逃走したが、現場が集団中毒により混乱していたことで初動捜査が遅れ、犯人の身柄を確保できなかったばかりか、現場保存も出来なかった。

奪われた小切手は翌日に現金化されていた。しかし、関係者がこの小切手の盗難を確認したのは、事件発生から2日経った28日の午前中だった。

事件後、犯人から受け取った名刺を支店長代理が紛失していたことが判明した。手掛かりは、支店長代理の記憶と、2件の類似事件の遺留品の名刺、生存者たち全員の証言から作成された犯人の似顔絵、そして事件翌日に現金化された小切手だった。これをもとに捜査は進められた。

そんな中、捜査本部の脇役的存在だった名刺班の、類似事件で悪用された松井蔚の名刺の捜査に焦点が当てられていった。

松井蔚は、名刺を渡した相手や日付、場所を記録していたため捜査も進んでいった。

100枚あった名刺のうち松井蔚の手元に残っていたのが8枚、残る92枚のうちの62枚は回収に成功、紛失して事件に無関係と見られた22枚を確認した。そして、行方が分からない8枚のうちの1枚を犯人が本事件で使用したとされた。

そして1948年8月21日、松井蔚と名刺交換した人物の1人である、テンペラ画家の平沢貞通を北海道小樽市で逮捕した。

逮捕理由は、平沢が松井の名刺を持っていなかったこと、平沢が「事件発生時刻は現場付近を歩いていた」と供述していたが、そのアリバイが証明できなかったこと、過去に銀行で詐欺事件を起こしていること、そして事件直後に被害総額とほぼ同額を預金していたが、その出所を明らかにできなかったことなどである。

逮捕後、平沢を被害者に面通ししたが、この人物だと断言した者は一人もいなかった。

平沢は一貫して犯行を否認していたが、拷問のような取り調べの末、9月23日から自供を始め、10月12日に帝銀事件と他の2銀行の未遂類似事件による強盗殺人と強盗殺人未遂で起訴された。

平沢に行われた取調べは、かなり厳しいものだったと言われており、平沢は逮捕された4日後の8月25日に自殺を図っている。その後も2回の自殺を図るも全て未遂に終わっている。

平沢は、12月20日より東京地裁で開かれた公判において、自白を翻し無罪を主張するも、1950年7月24日、東京地裁で一審死刑判決、1951年9月29日、東京高裁で控訴棄却、1955年4月7日、最高裁で上告棄却、5月7日、死刑が確定した。

死刑確定後、刑が執行されないまま30年以上の月日が流れ、1987年5月10日、午前8時45分、平沢は肺炎を患い、八王子医療刑務所で病死した。95歳だった。

平沢の死後、捜査本部の刑事に協力していた伴繁雄がテレビ出演し、真犯人は平沢でなく、元陸軍関係者だと発言している。

そして、捜査に携わっていた成智英雄という捜査員が後の手記で「帝銀事件は平沢のように毒物に関する知識を何も持たない人物には不可能で、真犯人は元秘密部隊にいた人物」としている。更に「731部隊の内50数人を調べた結果、経歴・アリバイ・人相が合致するのはS中佐しかいない」とも記されている。

しかし、S中佐と同じ苗字の名前が似ている2人の人物は確認できたが、S中佐と同姓同名の人物は確認できていない。

更に、事件から6年後の1954年、茨城県内で青酸を使用した大量殺人事件が発生し、この手口が帝銀事件と酷似していたことで、弁護人が調査の為に現地に向かったが、逮捕された容疑者が服毒自殺を図ったため調査は進展していない。

このように帝銀事件は、未だ多くの謎が解明されていない事件なのである。

 


【グリコ森永事件】

 

グリコ森永事件とは、1984年と1985年に、阪神を舞台にし、食品会社を次々と脅迫していった有名な脅迫事件である。犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから、「かい人21面相事件」とも呼ばれている。

1984年3月、江崎グリコ社長を誘拐して身代金を要求するという事件が起こった。そして、この事件を皮切りに、次は江崎グリコに対し脅迫や放火を起こした。

その後、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋などの食品会社を次々と脅迫していった。

犯人は、現金の引き渡し場所を次々と変更し、指定してきたが、犯人が現れることは一度もなかった。

犯人と思われる人物が何度か目撃されたが、逃げられてしまったために、結局正体を掴むことは出来なかった。

この事件は、1984年4月12日に、警察庁広域重要指定事件に指定された。

その他の事件として、1984年5月と9月、そして1985年2月に、愛知の小売店に青酸入りの菓子が置かれるという事件が起こり、全国の国民を不安に陥れた。

そして、2000年2月13日に、「青酸入り菓子ばら撒き事件」の殺人未遂罪が時効となり、全ての事件の公訴時効が成立した。

警察庁広域重要指定事件において、初の未解決事件となった有名な事件である。

 

 

吉澤ひとみ被告、芸能界引退を発表!高い代償を支払うはめに

今月6日、酒気帯び運転でひき逃げし、自動車運転処罰法違反と道路交通法違反の罪で起訴され、27日に保釈された元モーニング娘。の吉澤ひとみ(33)被告が28日、芸能界を引退することを所属事務所を通じたファックスで発表しました。

コメントの全文は次の通りです。

 


【吉澤被告のコメント全文】

 

私、吉澤ひとみは、この21日間独りでこれまでの人生を振り返り、自分自身と向き合う中で、自分の弱さと未熟さを自覚しました。

 

今回の私の行動は、決して許されることではありません。なにより、怪我をされた方々に深くお詫びを申し上げます。そして、一日も早く回復され、元の生活に戻れる事を心から祈っております。

 

今後は自分が犯した罪を償い、一社会人として母として恥ずかしくない行動ができるよう、一歩一歩進んで参ります。

 

また、今まで18年間お世話になった芸能界からは引退致します。

 

今回の件で、ご迷惑をおかけした全ての関係者の皆様にも心よりお詫び申し上げます。

 

今日まで応援し支えて下さったファンの皆様、ご支援いただいた皆様には、裏切るような結果となってしまったこと、本当に、本当に申し訳ございませんでした。

 


【ネットの反応】

 

・妥当だよねー辞めても追われるかもしれないけど、普通の生活をきちんとする方が良いと思う 

 

・それはそうなるだろうね。吉澤ひとみ好きだったけど、お酒を飲んだら運転しなければ良かった、ただそれだけの事!

 

・仕事でミスしたとかじゃないんだから未熟なんて表現では済まされない。これは悪質なひき逃げ事件という事を自覚出来てない。そこは未熟じゃなく卑劣という言葉が妥当。

 

・吉澤にとっては被害者の方が亡くならなかったのが唯一の救いでしたね。反省したことをこれからの人生に生かしていって下さい 

 

・飲酒運転に信号無視にスピード違反でも素直に止まって救護処置していれば良かったのに。保釈中も素直に話をしていれば良かった。芸能界引退は逃げれないけどこれ程の騒ぎに成らなかったはず。飲むなとは言いませんが飲んでもこれからは控えて下さい。後々免許所得出来ても飲んでも車の運転は絶対にしない様に。これからは被害に合われた方に罪を償って下さい。

 

・そうなる前に弟が亡くなって気付かなかったのが不思議

 

・離婚されずに済んだのかな?母の役割が残ってればいいけどね。今後は酒で体を壊すのはいいとして、免許は二度と取るなよ。

 

・人生これで終わりじゃない。母としての役目もある。いばらの道だろうと思うけど、それまでに積み重ねたものがあれば、助けてくれる人が必ずいるから。それを大切にして、少しずつ歩いていきましょう
やったことの罪は重い。それを一番感じているのは本人です。もう、マスコミは追いかけ回さずにそっとしてあげてください。追いかけ回されなくても、つらい自分との戦いが続きます。追いかけるイコール追い詰める、ですよ

 

・もっと早くに気づいていたらね。
モー娘連中と仕事した時の
あなた達のワガママさや、やりたい放題には
呆れていましたが、ツケがこうなりましたか。
若い頃からチヤホヤされて、メンバー内では
規律や何やと言ってましたが、側で見てると
どの子も似たようなもんでした。
そのまま大人になってしまってこうなってしまいましたね。
少し周りを見てこれからは謙虚に過ごしてください。
モー娘とは言え、それは周りが作り出した虚像です。
これからは1人の人間として頑張ってください。

 

世間の反応は、やはり厳しいようです。

芸能界引退は当然と言えるでしょう。

被害者の方が軽傷で済んだのが、本当に奇跡に近い事件だと思います。

コメントの中に「自分の弱さと未熟さ」とありましたが、今回の事件で被害にあわれた方はもちろんのこと、事務所関係者、モーニング娘。のメンバー、家族、本当にたくさんの人に迷惑をかけていることをもっと自覚してほしいと思います。

中には絶対許さないと思っている人も必ずいるハズです。

これからは、いばらの道が待っていると思いますが、今回の反省を生かして、真面目に頑張ってほしいと思います。

【座間市で起きた男女9人殺害事件の概要】女性被害者全員に性的暴行

神奈川・座間市のアパートで、男女合わせて9人の遺体が見つかった事件。

逮捕されたのは、白石隆浩(27)容疑者という人物である。

この事件の概要、殺害された被害者について、そして白石容疑者の現在について迫っていこうと思う。

 

白石隆浩の顔写真
出典:デイリー新潮

 

 

 

 

 

 

 

(白石隆浩容疑者の写真)

 


【事件概要】

 

白石容疑者は、事件現場となった座間市緑ケ丘の木造2階建てアパートを、2017年8月18日に内覧し契約、この時、1人目の被害者となった女性も部屋の内覧に同行していた。

19日には不動産会社にも同行し、白石容疑者と共に賃貸契約を進めていた。

このアパートは、契約の際に銀行口座に、ある一定の額を所持している必要があったため、1人目の被害者となった女性に51万円を振り込ませていた。

アパートの入居手続きは白石容疑者の父親が済ませたが、アパートの管理人の話によると、その際とても慌てていた様子だったという。

そして白石容疑者は、22日にアパートに入居した。

その後、Twitterで「一緒に死のう」などのメッセージを送った女性らを自宅に招き、酒や睡眠薬を飲ませた後に、部屋のロフトから垂らしたロープで首を吊り殺害した。

1人目の被害者を探していた男性が現れた時も同様の方法で殺害した。

白石容疑者は、アパート入居前からノコギリを購入して、遺体解体の準備をしていた。

1人目の女性殺害後には、解体した遺体を収納する箱の結束に使用していた結束バンドも購入している。

遺体解体は、アパート自室の風呂場の浴槽で行っており、頭部以外の部分は密封容器に入れて、証拠隠滅のためアパートから離れた2ヵ所のゴミ捨て場に捨てていた。

2017年9月27日、福島市の女子高生が行方不明になり、その家族が福島県警に捜査願いを出した。

依頼を受けた福島県警が、携帯電話の電波の発信記録を調べたところ、翌日の9月28日の午後に、神奈川県座間市緑が丘の携帯電話基地局が電波を検知していたことが分かった。

この情報を受け、9月28日に福島県警から神奈川県警に捜査要請、神奈川県警の所轄警察署の座間警察署は、署員4人を導入して3時間捜索を行った。

10月2日には、埼玉県警から神奈川県警に対し、福島県警と同様の少女の捜索要請があった。

この捜索要請の背景には、埼玉県警が捜索願を受諾した少女の携帯電話の最終発信地点が、9月30日に緑ケ丘で記録されていた事実があった。

この時点で神奈川県警は異なる地域で捜索願いが出された少女2人が、同一地域で消息不明となった経緯を把握し、2つの行方不明の事件を結びつけ、集団自殺ではないかと考え、捜索範囲を更に拡大し、自殺者が集まりそうな場所や山中へ捜索範囲を広げるなどの対処をしていた。

そして、最後の被害者となったのは、八王子市内に住んでいた女性である。

この女性は、10月21日に勤務先の同僚がこの女性宅に訪れたのを最後に、行方が分からなくなっていた。

しかし、10月23日にJR八王子駅と白石容疑者のアパートに近い、小田急小田原線相武台前駅の防犯カメラに、2人が映っていたことが分かった。

10月24日には被害者の兄が高尾警察署に捜索届を提出しており、高尾警察署は捜査を開始していた。

この際に逮捕時におとり役をした女性が、被害者の兄に白石容疑者の情報をTwitterで提供していた。

そして10月30日、被害者の兄に情報提供をした女性が白石容疑者を誘い出した。

その隙に白石容疑者のアパートに捜査員が踏み込み、室内で遺体の一部が入った多数のクーラーボックスを発見した。

これが証拠となり、10月31日に白石容疑者を死体遺棄容疑で逮捕した。

 


【被害者9人の詳細】

 

・1人目の被害者:神奈川県厚木市の当時21歳だった女性

8月23日頃、被害女性から借りていた現金36万円の返済を免れるために、女性の殺害を計画。女性に性的暴行を加えた後に、自宅アパートでロープで首を絞めて殺害した。更に現金数万円を奪った。

 

・2人目の被害者:群馬県邑楽郡邑楽町の当時15歳だった女子高生

8月28日頃、自宅アパートで性的暴行を加えた後に、ロープで首を絞めて殺害した。更に現金数千円を奪った。

 

・3人目の被害者:神奈川県横須賀市の当時20歳だった男性

8月30日頃、動機は、この男性と面識があった1人目の被害女性を殺害したことがバレるのを恐れたためだった。そして、自宅アパートでロープで首を絞めて殺害。更に現金数千円を奪った。

 

・4人目の被害者:埼玉県所沢市の当時19歳だった女子大生

9月16日頃、自宅アパートで性的暴行を加えた後に、ロープで首を絞めて殺害した。更に現金数百円を奪った。

 

・5人目の被害者:埼玉県春日部市の当時26歳だった女性

9月24日頃、自宅アパートで性的暴行を加えた後に、ロープで首を絞めて殺害した。更に現金数千円を奪った。

 

・6人目の被害者:福島県福島市の当時17歳だった女子高生

9月28日頃、自宅アパートで性的暴行を加えた後に、ロープで首を絞めて殺害した。更に現金数千円を奪った。

 

・7人目の被害者:埼玉県さいたま市の当時17歳だった女子高生

9月30日頃、自宅アパートで性的暴行を加えた後に、ロープで首を絞めて殺害した。更に現金数千円を奪った。

 

・8人目の被害者:神奈川県横浜市の当時25歳だった女性

10月18日頃、自宅アパートで性的暴行を加えた後に、ロープで首を絞めて殺害した。更に現金数百円を奪った。

 

・9人目の被害者:東京都八王子市の当時23歳だった女性

10月23日頃、自宅アパートで性的暴行を加えた後に、ロープで首を絞めて殺害した。更に現金数百円を奪った。

 


【逮捕後から現在】

 

10月31日に逮捕されてから、殺人容疑、死体損壊容疑、死体遺棄容疑などで再逮捕を繰り返し、合計10回の逮捕となり、2018年3月22日に、ようやく被害者9人全員に対する殺害行為が立件された。

そして、2018年4月から精神鑑定が行われていたが、刑事責任能力があるとの鑑定結果が出たことにより、東京地検は拘留期限の2018年9月上旬にも起訴する方針を固め、そして9月10日に起訴した。

起訴内容は、強盗・強制性交、殺人などの罪である。