【未解決事件】越前市男児行方不明事件 3歳児を1人で車に放置

【越前市男児行方不明事件】

 

越前市男児行方不明事件は、2017年(平成29年)に福井県越前市で発生した行方不明事件である。

2017年12月9日(土)午後2時頃、福井県越前市で田中蓮くん(当時3歳)が行方不明になった。

蓮くんはこの日、父親の了士さんと一緒に車で了士さんの勤務先に向かった。

勤務先に着くと駐車場に車を止め、了士さんは蓮くんを残し、カギを掛けずに車を離れた。

待っている間、蓮くんは助手席に座りスマホでアニメを見ていた。

そして、約10分後に了士さんが車に戻ると、蓮くんの姿はどこにもなく、スマホだけが残されていた。

了士さんは懸命に周辺を捜索したが、蓮くんを発見する事ができなかったため、直ぐに母親に電話を掛け、福井県警にも連絡した。

福井県警は直ぐにダイバーの捜査員なども含め100人体制で捜索を開始し、蓮くんが行きそうな場所をくまなく捜したが、蓮くんを発見する事はできなかった。

その後、事件と事故の両面でも捜査し、周辺の防犯カメラも確認したが、蓮くんの姿はどこにも映っていなかった。

雨が降った事で蓮くんの足跡は消えてしまっており、捜査は難航した。

 

蓮くんを発見できないまま約1ヶ月が過ぎた2018年1月19日、九頭竜川の河口で蓮くんの遺体が発見された。

発見したのは釣りに来ていた男性で、この場所は蓮くんが行方不明になった場所から約42kmも離れていた。

遺体は死後1~1ヶ月半が経過しており、死因は低体温症か溺死と判明した。

福井県警は目立った外傷がない事から、事件性は低いと判断した。

 

「父親が疑われた」

父親の了士さんは、蓮くんの遺体が発見された1月19日に、テレビのインタビューを受けた。

その時の表情が少し笑っているように見えた事で、蓮くんが居なくなって喜んでいるのではないかという疑惑を向けられた。

しかし、アップされた画像は動画を一時停止した時の画像で、ずっと笑っていた訳ではないようだ。

恐らく、蓮くんが亡くなった悲しみと、発見できた安堵の気持ちが入り混じった事で、一瞬そのような表情になったのではないだろうか。

また、車を離れる時にカギを掛けていなかった事と、チャイルドシートを使っていなかったと思われる事も疑惑を向けられる原因となった。

 

「母親のツイッターが炎上」

母親は、ツイッターで蓮くんの情報を集めようとしていた。

しかし、表に全く出てこず、SNSを使って捜索しようとした事で、本気で捜す気があるのかと疑われてしまった。

更に、ハンドルネームを「りなぷ」にした事で、チャラいイメージも持たれてしまった。

ツイッターには、「小さい子をなぜ1人で放置した。バカ」、「親失格」などのツイートもされたが、これらのツイートに苦言を呈するツイートもされ、炎上していった。

 

「他殺説」

警察や消防は、川を40kmに渡り捜索した。

川の中にはダイバーが潜り、水位監視カメラも設置して1分置きにチェックしたが、服などの遺留品を一つも発見する事ができなかった。

これにより、溺れたのではなく殺されたのではないかと見られてしまった。

また、遺体発見時に蓮くんが履いていた靴が、行方不明時の説明と若干異なっていた事も、殺害説が広まる原因となった。

・行方不明時の説明 ⇨ グレーのスニーカー

・遺体発見時 ⇨ オレンジと紺のラインが入ったグレーのスニーカー

 

溺死の場合、川底を流されるため、衣服などは脱げる事が多いが、服も靴も履いた状態で発見されたため、他殺説が囁かれた。

更に、行方不明になった場所と発見された場所が40km以上も離れていた事で、殺されて捨てられたのではないかという噂も広がった。

 

「警察が事件性がないと判断した理由」

・殺害された後に川に捨てられたのであれば、肺に水が溜まる事はないが、司法解剖で肺に水が溜まっていた事が確認されたため、溺死と判断したのではないだろうか。

 

・人間は体温が28℃以下になると自発呼吸ができなくなり、致死性の不整脈も現れ、高度の低体温症になる。

行方不明時は12月で寒かったため、低体温症になる可能性は十分に考えられる。

大人なら自分で泳いで川から脱出できるかもしれないが、3歳児には難しいだろう。

 

・溺死した遺体は、驚くほど流されるケース(100km以上流される場合もある)もあるので、40km以上離れた場所で発見されてもおかしくはない。

 

結果的には事件性なしと判断されたが、家族を疑うような声は今もあるようだ。

蓮くんが発達障害だった事を、祖父が煩わしく感じていたというような事をインタビューで言っていたという噂もある。

 

【未解決事件】金沢市久安独身男性殺人事件 ねずみ講トラブルか?

【金沢市久安独身男性殺人事件】

 

金沢市久安独身男性殺人事件は、2008年(平成20年)に石川県金沢市で発生した殺人事件である。

2008年6月29日午後6時20分頃、石川県金沢市久安にあるアパートの2階に住んでいた会社員の橋本清勝さん(当時22歳)が、自宅アパートの玄関を入って直ぐの所にある台所付近で、頭から血を流して死亡しているのが発見された。

発見したのはアパートを訪ねてきた知人女性で、橋本さんと連絡が取れなくなった事を不審に思い、合鍵を使って部屋に入ったところ、上半身裸の状態で仰向けで倒れている橋本さんを発見した。

橋本さんが持っていた部屋のカギは玄関付近で見つかっており、警察は犯人が橋本さんを殺害後にカギを掛け、郵便受けから部屋の中に投げ入れたのではないかと見ている。

室内には物色された形跡は無かったが、橋本さんの携帯電話が無くなっており、犯人が証拠隠滅のために持ち去った可能性もある。

 

司法解剖の結果、死亡推定時刻は27日午後8時30分頃から深夜にかけてと見られ、死因は後頭部を鈍器で殴られた事による脳挫傷と判明した。

また、両腕には襲われた際に防御してできたと見られる傷もあった。

部屋の中からは血のついた鍋が発見されており、この鍋を凶器に使用したと見られている。

血痕は台所付近の床や壁、そして別の部屋からも発見された。

しかし、犯人が逃走時に通ったと見られる2階の廊下や階段からは血痕は見つかっていない。

犯人は殺害時に返り血を浴びたと思われるが、遺体が発見されたのは殺害されてから2日後で、その間雨が降っており、血痕が流れてしまった可能性もあるという。

 

橋本さんは27日午後7時45分頃に、川北町にある勤務先の印刷工場を退社しており、その後、帰宅後に何者かに殺害されたと見られている。

橋本さんが住んでいた部屋の真下にはレストランがあるが、殺害されたと見られる同じ時間帯にレストランにいた複数の客が、上から大きな物音がしたのを聞いている。

 

その後の調べで、橋本さんがネットワークビジネスと呼ばれる連鎖販売取引(ねずみ講)をしていた事が分かった。

金沢中署は、顔見知りによる犯行の可能性が高いと見ており、犯人が犯行直前に橋本さんと連絡を取っていた可能性もあると見ている。

ネットワークビジネスを巡るトラブルの有無も含め、橋本さんの幅広い交友関係を調べている。

 

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、金沢中署はこの事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

金沢中警察署

金沢市久安地内における独身男性殺人事件捜査本部

076-222-0110

 

「現場の地図」

金沢市久安独身男性殺人事件の現場の地図
出典:金沢中警察署

 

 

【未解決事件】ローソン加賀桑原町店強盗殺人事件

【ローソン加賀桑原町店強盗殺人事件】

 

ローソン加賀桑原町店強盗殺人事件は、2010年(平成22年)に石川県加賀市で発生した強盗殺人事件である。

2010年11月3日午前3時頃、石川県加賀市桑原町にある「ローソン加賀桑原町店」に刃物を持った男が押し入り、店長の山崎外茂治さん(当時68歳)が殺害された。

犯人の男は「マネー、マネー」と声を張り上げて、山崎さんを後ろから羽交い絞めにし、レジカウンターの中に押し込み、揉み合いになった際に山崎さんの胸を持っていた刃物で刺して殺害し、盗んだトラックで逃走した。

犯人は金を要求する際、「マネー、マネー」と英語で言っているが、発音に流暢さがなく、カタカナ英語のような不自然な点がある事から、大聖寺署は犯人が外国人を装った可能性もあると見ている。

また、犯人は上着を2重に着込んでフードを被るなどして厳重に顔を隠している事から、身元をごまかすためにわざと英語を使った可能性もあると見ている。

犯人は現在も逮捕されておらず、大聖寺署はこの事件のチラシを作成し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

大聖寺警察署

0761-72-0110(代表)

 

「大聖寺署が作成したチラシ」

ローソン加賀桑原町店強盗殺人事件のチラシ
出典:大聖寺警察署

 

「犯人の特徴」

・身長:165~175cmくらい

・服装など:緑色のフード付きの上着に紺色のカッパを重ね着していた、女性用のカツラを被っていた(フェザー社製で品名はレオンカ)、「GOLD WAVE」と記載のある長靴を着用、手袋とマスクのようなものを着用

・凶器:洋包丁(犯行現場に遺留)

・犯行に使用したトラック:小松市月津町の工事現場から盗んだ

ローソン加賀桑原町店強盗殺人事件の犯人の画像
出典:大聖寺警察署

 

「現場の地図」

ローソン加賀桑原町店強盗殺人事件の現場の地図
出典:大聖寺警察署

 

現在はローソンは無くなっている。

当時はローソンの東側に喫茶店の空き店舗、西側に砂利道があり、砂利道を挟んでパチンコ店の空き店舗、南側に国道8号線、北側に一般住宅があった。

 

 

【未解決事件】一宮市八幡女子高生殺人未遂事件

【一宮市八幡女子高生殺人未遂事件】

 

一宮市八幡女子高生殺人未遂事件は、2010年(平成22年)に愛知県一宮市で発生した殺人未遂事件である。

2010年6月11日午後8時10分頃、愛知県一宮市八幡1丁目にある稲荷公園の西側歩道上を、北に向かって歩いていた女子高生が男にいきなり刃物で刺されるという事件が発生した。

女子高生は市内にある県立一宮高から下校後、徒歩で近くの予備校まで通い、帰宅途中だった。

女子高生は一命は取りとめたものの、胸や背中、首などを複数ヶ所刺されており、刺し傷の一部は肺まで達していた。

また、女子高生の手や腕に、身を守る時にできる傷がほとんど無かった事から、抵抗する間もなく襲われた可能性が高いと見られる。

 

午後8時15分頃、公園の近くを通り掛かった男性が女性の悲鳴を聞いた後、公園から男が逃走するのを目撃している。

その直後、女子高生が公園から出て来て「知らない男にいきなり刺された。」と助けを求めてきたため、この男性が119番通報したという。

事件直後に騒ぎを聞いて現場に来た女性は、「女性は肩の辺りが血で真っ赤で、ぐったりして動かない様子だった。」と話していた。

現場の歩道には女子高生のカバンが落ちていたが、携帯電話や現金は残っていた。

女子高生は普段、自転車で通学していたが、11日は自転車のカギを無くしてしまったため、行きは家族が車で送り、帰りは徒歩だった。

 

捜査本部は、強い殺意を持った通り魔的犯行の可能性が高いと見ている。

現場から南西に約200mの所にあるマンションでも血痕が見つかっており、階段部分に残された血痕の血液型を調べている。

 

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、一宮警察署はこの事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

一宮警察署 特別捜査本部

電話:0586ー24ー0110(代表)

 

「犯人の似顔絵と特徴」

一宮市八幡女子高生殺人未遂事件の犯人の似顔絵
出典:一宮警察署

 

 

 

 

 

 

・当時の年齢:20~40歳くらい

・体格:普通

・顔の特徴:丸顔、二重まぶた、目が小さい感じ

・当時の髪型:金髪に近い茶髪で耳が隠れるくらいの長さ

 

 

【未解決事件】一宮市女児行方不明事件 自宅近くで誘拐か?

【一宮市女児行方不明事件】

 

一宮市女児行方不明事件は、2001年(平成13年)に愛知県一宮市で発生した行方不明事件である。

2001年11月12日、愛知県一宮市萩原町に住んでいた当時小学4年の佐野由香利(さの ゆかり)ちゃん(10歳)が、行方不明になった。

由香利ちゃんは午後4時30分頃、学校から帰宅した後、兄に「友達のところに行く。」と告げて家を出た。

そして、午後5時30分頃、自宅から300mほどの路上を自宅方向に向かって歩きながら、近所の主婦とあいさつを交わしたのを最後に行方が分からなくなった。

警察はこれまで延べ約1万5,400人の捜査員を投入し、周辺の大規模な捜索を行ったが、由香利ちゃんの遺留品が何一つ見つからない事から、何らかの事件に巻き込まれたと見ている。

今現在も一宮警察署の署員が5人体制で捜査を続けており、「名鉄電車でよく似た子がいた。」などの情報も寄せられたが、解決に繋がるものではなかった。

一宮警察署は、この事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

一宮警察署

電話:0586ー24ー0110(代表)

 

「由香利ちゃんの情報」

行方不明になった佐野由香利ちゃんの写真
出典:一宮警察署

 

 

 

 

 

 

 

・名前:佐野 由香利(さの ゆかり)ちゃん

・当時の年齢:10歳

・当時の身長:135cmくらい

・体型など:痩せ型、面長

・当時の髪型:黒髪で肩までの長さ

・当時の服装:紺色の三つボタンの制服、黒色のズボン、色不明の丸首トレーナー、運動靴

 

 

【未解決事件】名古屋市守山区主婦強盗殺人事件

【名古屋市守山区主婦強盗殺人事件】

 

名古屋市守山区主婦強盗殺人事件は、2005年(平成17年)に愛知県名古屋市で発生した殺人事件である。

2005年2月21日午前11時35分頃、愛知県名古屋市守山区小幡3丁目にある警備会社経営の青松徳夫さん(当時55歳)の住宅で、妻の須真子さん(当時51歳)が倒れているのが発見された。

発見したのは会社から帰宅した夫の徳夫さんで、須真子さんが1階の和室で顔から血を流してうつ伏せで倒れているのを見つけ通報した。

駆け付けた警察が調べたところ、須真子さんは既に死亡しており、首には絞められたような跡があった。

徳夫さんはこの日の午前8時30分頃、自宅から約1km離れた所にある会社に向かい、約3時間後、昼食のために帰宅したところ、須真子さんが倒れているのを発見した。

また、自宅1階の押し入れにしまっていた家庭用の簡易金庫の扉が開いたままになっており、バッグも荒らされていたが、現金や貴重品は盗まれていなかった。

強盗目的の可能性もあるが、徳夫さんが昼頃に一旦帰宅する事を知っていた人物による犯行の可能性もあり、強盗に見せかけるためにわざと金庫やバッグを荒らした可能性もある。

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、守山警察署はこの事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

守山警察署

電話:052ー798ー0110(代表)

 

「現場の地図」

名古屋市守山区主婦強盗殺人事件の現場の地図
出典:守山警察署

 

【未解決事件】富山市夫婦殺人放火事件 警察の初動対応に遺族不信感

【富山市夫婦殺人放火事件】

 

富山市夫婦殺人放火事件は、2010年(平成22年)に富山県富山市で発生した殺人放火事件である。

2010年4月20日午後0時20分頃、富山県富山市大泉にある3階建てビルの2階部分から出火し、焼け跡の寝室から男性(当時79歳)と女性(当時74歳)の夫婦の遺体が発見された。

夫婦は数年前にこのビルを買い取って2人で暮らしており、夫は不動産業などの複数の事業をしていたという。

富山県警の調べで、妻の遺体には首を絞められた跡があり、夫も首を絞められた事による窒息死である事が分かった。

夫婦は首を絞められた後に、ビルに放火されたと見られている。

その後、同年6月に週刊文春に、CD-Rと手書きの現場の見取り図が送付されていた事が分かり、富山県警は週刊文春に対し任意で提出を求めたが、週刊文春は取材源の秘匿を理由に拒否した。

しかし、富山県警は2012年8月1日に、差し押さえ令状によりCD-Rと現場の見取り図を押収した。

押収したCD-Rには、動機や困窮した現状などが記されており、「格差社会のゆがみにはまり、憎悪を増幅させてしまったいきさつについて手記として書き記したい。私の生活は困窮している。私のやり遂げなければならないことにもお金がかかる。」という金銭を要求するものだった。

また、現場の見取り図に関しては、犯人か警察、消防の一部の者しか知らない情報だった。

 

CD-Rを解析する過程で、文書の作成者として被害者の知人だった富山県の警察官(当時54歳)の名前が、ローマ字で残されていた事が判明し、富山県警はその警察官に疑いを持った。

そして、この警察官は同年10月31日に、捜査情報を漏洩したとして地方公務員法違反(守秘義務違反)で逮捕された。

同年11月21日には、別の捜査情報の漏洩で、地方公務員法違反で再逮捕された。

更に、同年12月22日に、放火殺人事件についての殺人及び現住建造物等放火、死体損壊の容疑で逮捕された。

この警察官は当初、放火殺人事件の容疑を認め、「被害者と話していたら電話がかかってきた。」と供述しており、出火する数十分前に被害者宅に電話がかかった事実があった事から秘密の暴露と判断されていた。

また、この警察官は2008年7月13日に、富山市に住む親族宅に侵入して財布を盗み、同月16日には別の親族宅の金庫を壊し、数十万円相当の金塊と現金十数万円を盗んだという余罪が浮上した。

事件現場には、この警察官の懐中電灯が残されていたが、「車上狙いに遭って盗まれた」と嘘の届け出をしていた。

親族間の窃盗は、被害者側の告訴がなければ起訴できないが、親族が告訴しなかったため、窃盗罪については不起訴処分となった。

 

「放火殺人事件も不起訴に」

被疑者は当初、容疑を認めていたが、起訴の可否を判断する過程で次の事がネックとなり、2013年1月11日に精神鑑定が行われ、同年5月21日に処分保留となり、同年7月24日に富山地方検察庁は「複数の疑問点がある」とし、嫌疑不十分で不起訴処分とした。

・週刊文春に送ったCD-Rの作成時期を6月上旬と供述していたが、CD-Rに残っていた記録は5月12日になっていた。

また、5月12日は、富山県高岡警察署の留置管理課で勤務していてアリバイもあった。

 

・CD-Rの文書作成ソフトのバージョンが、被疑者が使用していたノートパソコンのバージョンと異なっていた。

また、被疑者のノートパソコンにCD-Rの文書を作成した痕跡がなかった。

 

・被疑者は「夫婦の首を紐で絞めた」と供述していたが、一部の法医学者が手で絞めた扼殺の可能性を指摘していた。

 

・事件前後に被疑者が通ったという道路の防犯カメラに、被疑者が映っていなかった。

 

・被疑者は凶器や盗んだ財布を川に捨てたと供述していたが、現場を捜索しても凶器や財布は見つからなかった。

 

・被疑者は動機について、「30年以上前からの付き合いの積み重ねでやった。親の恨みが子供に引き継がれることもある。」と供述していたが、これに関して裏付けが取れなかった。

 

・処分が保留となって以降、「自分がやったのか分からない」と供述が曖昧だった。

 

この警察官は、放火殺人事件の容疑については不起訴となったが、別件の知人に捜査情報を漏らした地方公務員法違反で2012年12月7日に起訴され、2013年3月25日に懲戒免職となった。

そして、同年7月25日に、富山地方裁判所が懲役1年・執行猶予4年の判決を言い渡し、同日に富山拘置所から釈放された。 

 

「被害者遺族の想い」

被害者遺族は警察に対し、事件発生直後の捜査段階で早期に被疑者のアリバイを調べられなかった事や、週刊文春に送付されたCD-Rを早期に令状で押収しなかった事に不信感を持っている。

また、被疑者の不起訴処分を不当とし、2013年8月2日に富山検察審査会に審査を申し立てたが、富山検察審査会は2014年7月17日に不起訴相当を議決した。

富山検察審査会は議決書で、「事件の約3時間後に元富山県警察官が21万円を現金自動預払機に入金していた」という証拠が初めて明らかになったが、被害者の財布に入っていた金額が不明なため、事件との関連を示すことはできないとし、「犯人性を裏付ける証拠とはならない」と結論付け、「何らかの形で犯行に関与したのではないかという疑問は最後まで残る」と疑念も示した上で、「直接証拠は見当たらず、自白を裏付ける証拠も見当たらない」とした。

 

「捜査状況」

富山県警は現在も捜査を続けているが、犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

この事件は2013年10月17日に、警察庁捜査特別報奨金事件に指定され、被害者遺族の謝礼金を合わせ、犯人逮捕に繋がる有力な情報には、上限額1,000万円の懸賞金が支払われるようになっている。

<連絡先>

富山県警察本部刑事部捜査第一課

076-441-2211(代表)

 

「現場の地図」

富山市夫婦殺人放火事件の現場の地図
出典:富山県警察

 

「現場の状況」

富山市夫婦殺人放火事件の現場の写真1
出典:富山県警察
富山市夫婦殺人放火事件の現場の写真2
出典:富山県警察

 

「週刊文春に送られた犯行声明文」

富山市夫婦殺人放火事件の犯行声明文
出典:富山県警察

 

「犯人を名乗る者が週刊文春に送った現場の見取り図」

富山市夫婦殺人放火事件の犯人を名乗る者が週刊文春に送った現場の見取り図
出典:富山県警察

 

 

「現場から持ち去られた可能性がある財布」

富山市夫婦殺人放火事件の現場から持ち去られた可能性がある財布の写真
出典:富山県警察

 

「事件発覚日に現場を撮影した写真」

富山市夫婦殺人放火事件の事件発覚日に現場を撮影した写真
出典:富山県警察

 

「富山県警が作成したチラシ」

富山市夫婦殺人放火事件のチラシ
出典:富山県警察

 

 

【未解決事件】謎が多い名古屋市西区主婦殺害事件

【名古屋市西区主婦殺害事件】

 

名古屋市西区主婦殺害事件は、1999年(平成11年)に愛知県名古屋市で発生した殺人事件である。

1999年11月13日午後2時30分頃、愛知県名古屋市西区稲生町のアパートに住んでいた主婦の高羽奈美子(たかば なみこ)さん(当時32歳)が、自宅で死亡しているのが発見された。

発見したのはアパートの大家とその妻で、奈美子さんは刃物で首を何度も刺されて殺害されていた。

大家が発見した時点で、既に死後2~3時間は経過していたと見られている。

犯行時、奈美子さんの近くには2歳になる長男の航平くんがおり、奈美子さんは航平くんの目の前で殺害された。

午前11時過ぎ、奈美子さんは航平くんと共に病院に出掛けており、その後、帰宅した後に殺害されたと見られている。

犯人は、航平くんには危害を加えておらず、室内に物色された形跡や盗まれた物も無かった。

玄関には、犯人のものと見られる血痕と足跡が残されており、現場からは指紋やDNAも次々と採取された。

 

奈美子さんは、不動産会社に勤める夫の悟さんと長男の航平くんと3人で暮らしていた。

当時、奈美子さんは悟さんに新車を買ってもらったばかりで、近々、新築のマンションに転居するのを楽しみにしていたという。

周囲には「怖いくらい幸せ」と語るなど、殺人事件の被害者になる要素は見当たらなかった。

奈美子さんは普段から用心深く、家に誰か来た場合は、必ず誰なのかを確認してからドアを開けていたという。

そんな彼女が、なぜ自宅で殺害されたのだろうか。

 

事件発生の夜、愛知県警は警察犬を使い、犯人の血痕を追っていた。

しかし、この血痕を一部の報道機関が追い始めたため、捜査を一時中断した。

すると、その夜に雨が降った事で血痕が消えてしまい、犯人を追う事が出来なくなってしまったようだ。

未だ犯人は逮捕されておらず、犯人に結び付くような有力な情報も得られていない。

西警察署は、この事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

西警察署 刑事課

電話:052ー531ー0110(代表)

内線:332

 

「事件当日の経過と空白の2時間」

・午前9時頃

13日は土曜日だったが、悟さんは土曜日も毎週出勤していたため、午前9時頃、家を出た。

この時、奈美子さんはママ友と電話をしており、「これから航ちゃんを病院に連れて行くところ」などと話していた事から、悟さんは奈美子さんが前日から体調を崩して熱が上がっていた航平くんを、これから病院に連れて行くものだと思っていた。

 

・午前9時30分頃

宅配便業者が荷物を届けに奈美子さん宅を訪れたが、不在だったため荷物を持ち帰っている。

 

・午前10時20分頃

ママ友が奈美子さん宅に電話を掛けたが、誰も出なかった。

ママ友は、午前9時に奈美子さんが「病院に行く」と言っていたため、まだ病院から帰ってきていないのだと思った。

 

・午前10時40分頃

ママ友は再び奈美子さん宅に電話を掛けたが、応答はなかった。

ママ友は、病院が混んでいるのだと思ったという。

しかし、実際に奈美子さんが病院を訪れたのは、午前11時10分頃だった。

午前9時から病院を訪れるまでの約2時間、奈美子さんがどこで何をしていたのかは分かっていない。

 

・午前11時40分頃

奈美子さんと航平くんが帰宅した(航平くんのかかりつけの病院は、自宅から自転車で5分ほどの距離にあった)。

この時、同じアパートに住む住人が奈美子さんを見かけたが、挨拶もなく部屋に向かったという。

これが最後の目撃証言となった。

 

・午後2時30分頃

隣に住むアパートの大家の妻が、自宅で採れた柿を奈美子さん宅におすそ分けに持ってきた。

しかし、チャイムを鳴らしても応答がなかった。

ドアにカギが掛かっていなかったため、大家の妻がドアを開けると、上半身が血まみれになって倒れている奈美子さんを発見し、妻の叫び声を聞いた大家もそこに駆け付けた。

この時、航平くんはキッチンでおとなしく座っており、大家が保護した。

連絡を受けた悟さんは、15分後に帰宅した。

この時、キッチンのテーブルの上に見慣れない乳酸飲料があったため、悟さんは違和感を覚えたという。

玄関の床には血以外にも白い液体がこぼれており、後の捜査で、こぼれた白い液体はキッチンのテーブルの上にあった乳酸飲料と同一成分である事が分かった。

 

「目撃情報など」

・午前9時頃に悟さんが出勤した後、午前中に奈美子さん宅で人が争うような大きな物音を近所の住人が聞いている。

 

・正午頃まで近所の住人が外で車の手入れをしていたが、その間、不審者などは見ていない。

 

・正午から午後1時の間、車の手入れをしていた住人とは別の住人が、奈美子さん宅からタンスを動かすような大きな物音を聞いている。

また、その直後に階段を駆け下りる音を聞いている。

 

・午後0時30分から午後2時頃までの間に、奈美子さんの友人が奈美子さん宅に3回電話を掛けているが、いずれも応答はなかった。

 

「犯人の情報」

現場に残された足跡や血痕から分かる犯人の特徴は以下のようになっている。

 

・当時40~55歳くらいの女で、血液型はB型で身長は160cmくらいと見られている。

髪型は肩まで伸びた黒髪で、パーマが伸びたような感じ。

 

・犯人は犯行時、かかとの高い韓国製の婦人靴を履いていたと見られ、サイズは24cm。

 

・奈美子さん宅の洗面所と稲生公園手洗い場付近に、犯人が手を洗った形跡がある事から、犯行時に奈美子さんと揉み合いになり、左右いずれかの手にケガをしていると見られる。

犯人は犯行後、しばらく周辺の様子を伺った後に、稲生公園近くに走って逃げたと見られている。

 

・奈美子さん宅には飲みかけの乳酸飲料があったが、奈美子さんの家族にはこの残されていた乳酸飲料を飲む習慣がない事から、犯人が持ち込んで飲んだ可能性が高い。

奈美子さん宅の周辺では、この乳酸飲料は配達・販売されておらず、奈美子さん宅から約35kmも離れた西三河地区で販売されている物だった。

しかし、犯人と見られる女が西三河地区に関係があるかどうかは分かっていない。

 

「犯人のイメージ画像と靴の画像」

名古屋市西区主婦殺害事件の犯人のイメージ画像
出典:西警察署
名古屋市西区主婦殺害事件の犯人が履いていたと思われる靴の画像
出典:西警察署

 

「現場の地図」

名古屋市西区主婦殺害事件の現場の地図
出典:西警察署

 

地図中の赤線は、犯人の逃走経路を示している。

 

「奈美子さんの情報」

高羽奈美子さん
引用:最強FBI緊急捜査SP

 

・名前:高羽奈美子(たかば なみこ)さん

・当時の年齢:32歳

・住所:愛知県名古屋市西区稲生町

 

奈美子さんは、写真を撮るのが好きだったという。

夫の悟さんは、今も事件のあったアパートを借り続けており、当時の状況のまま残しているようだ。

悟さんと成長した航平くんは、事件発生の日にビラを配り、これまで情報提供を呼び掛けてきた。

しかし、ここまで犯人像が絞られているにも関わらず、未だ犯人は逮捕されていない。

 

 

【未解決事件】豊橋市東光町殺人事件

【豊橋市東光町殺人事件】

 

豊橋市東光町殺人事件は、2005年(平成17年)に愛知県豊橋市で発生した殺人事件である。

2005年3月23日午前4時53分頃、愛知県豊橋市東光町40番地にあるマンション「グレースフルビラ東光」前の路上で、このマンションの201号室に住む無職の神藤政章さん(当時39歳)が倒れているのが発見された。

発見したのは新聞配達の男性(当時46歳)で、血を流して倒れている神藤さんを見つけ119番通報した。

神藤さんは既に死亡しており、腹部に刺し傷があった事から、豊橋警察署は殺人事件として捜査を開始した。

 

調べによると、神藤さんは腹部を刃物で数ヶ所刺されていた他、後頭部を鈍器のような物で強く殴られており、頭部からは大量の出血が見られた。

司法解剖の結果、致命傷となったのは後頭部の打撲で、胸や腹部に数ヶ所あった刺し傷はアイスピックのような鋭利な刃物で刺された事が分かった。

 

神藤さんは事件の1年前まで、父親(当時72歳)と2人でこのマンションで暮らしていたが、現在は1人で暮らしていた。

発見時、神藤さんの部屋にはカギが掛かっていなかったが、室内に荒らされた形跡は無く、カギは室内から見つからなかった。

また、服装は白い半袖のTシャツにジャージのズボン姿で、足にはスリッパを履いていた。

血痕などの状況から、発見現場の路上で襲われた可能性が高いと見られる。

近所の人によると、深夜0時過ぎに男の騒ぐ声が聞こえたという。

室内には午前3時30分にセットされた目覚まし時計があったが、目覚まし時計を止めた形跡はなかった。

司法解剖の結果などを併せて、死亡推定時刻は23日の午前0時から午前3時の間と見られている。

神藤さんは体調を壊して仕事に行けない日が多かったため、近くに住む父親が生活費などを毎日届けていた。

 

現場はJR豊橋駅から東に約3.5km行った所にある住宅街で、夜間でも人通りのある場所だった。

未だ犯人に結び付くような有力な情報や凶器は発見されておらず、豊橋警察署はこの事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

豊橋警察署

電話:0532ー54ー0110(代表)

 

「現場の地図」

豊橋市東光町殺人事件の現場の地図
出典:豊橋警察署

 

【未解決事件】新潟市タクシー強盗殺人事件 料金精算時に襲われた?

【新潟市タクシー強盗殺人事件】

 

新潟市タクシー強盗殺人事件は、2009年(平成21年)に新潟県新潟市で発生した強盗殺人事件である。

2009年11月2日午前1時30分頃、新潟県新潟市東区空港西一丁目の路上に停車しているタクシーの車内から運転手をしていた阿部次男さん(当時63歳)の遺体が発見された。

阿部さんは刃物で胸などを刺され上半身から血を流し、運転席のシートにもたれ掛かるように倒れていた。

新潟東警察署(現在の新潟警察署)は、料金メーターなどの状況から阿部さんは料金精算時に襲われたと見ている。

また、タクシー内にあった売上金は無くなっていた。

警察は、JR新潟駅からこのタクシーに乗った最後の客と見られる男の行方を追っている。

 

1日午後10時40分過ぎ、阿部さんがJR新潟駅南口で客を乗せ、そこから約6km離れた場所に向かった事が分かっている。

そして、午後11時前にタクシーの支払いボタンが押されているが、阿部さんはこの時刻とほぼ同時刻に殺害されたと見られている。

警察がJR新潟駅周辺の防犯カメラを調べた結果、最後の客と見られる男以外に阿部さんのタクシーに乗った可能性のある人物はいない。

未だ犯人は逮捕されておらず、新潟県警はこの最後の客の映像を公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

新潟東警察署

025-279-0110

0120-39-1105(フリーダイヤル)

 

「新潟県警が公開している画像と最後の客の特徴」

新潟市タクシー強盗殺人事件のチラシ
出典:新潟県警察

 

最後の客の特徴

・身長:165cmくらい

・体型など:痩せ型、小顔

・当時の服装など:黒っぽい長袖の服、縦に白い線が入った黒っぽいジャージ、サンダル、手には透明のビニール傘と黒っぽい袋を持っていた