【未解決事件】勇払郡厚真町銃弾死亡事件 ハンター誤射

【勇払郡厚真町銃弾死亡事件】

 

勇払郡厚真町銃弾死亡事件は、2011年(平成23年)に北海道勇払郡で発生した業務上過失致死事件である。

2011年2月4日午前9時30分頃、北海道勇払郡厚真町桜丘(ほっかいどう ゆうふつぐん あつまちょう さくらおか)の山林内で、林業作業中の新渡戸勝彦さん(当時45歳)が銃弾を受け死亡する事件が発生した。

新渡戸さんの同僚の男性が銃声を聞き、「危ない」と叫んだ直後、同僚の男性が約200m離れた町道上にオレンジ色の上着を着たハンター風の2人組の男らを発見したが、男らはすぐさま青色のRV車に乗り込み、現場から立ち去った。

そして、約30分後、同僚の男性が数十m離れた山の斜面で木材を引き上げるブルドーザーの上で倒れている新渡戸さんを発見し、119番通報した。

しかし、新渡戸さんは左脇腹から右胸にかけて、ライフルの銃弾が貫通しており、即死状態だった。

苫小牧署は、新渡戸さんの死因をライフル銃の銃弾に当たったものと断定し、ハンターの誤射による業務上過失致死事件と見て捜査を開始した。

 

事件当日、新渡戸さんを含めた林業会社の従業員数人は、間伐作業等のため午前7時頃から厚真町桜丘の山林内に入っていた。

事件現場は、新千歳空港から東に約16km、厚真町市街地から北に約8kmの場所で、厚真町内を通過する町道10号線(通称千歳鵡川線-厚真と安平町をつなぐ町道)や道道235号線(通称上幌内早来停車場線-厚真ダムに向かう道道)から延びる、行き止まりの町道(幌里本線)沿いで、町道に沿って知決辺川(ちけっぺがわ)が流れ、一般民家も点在している。

付近は狩猟が可能な区域であったが、人や車が行き来する公道上からの発砲は銃刀法により禁止されている。

同署は、新渡戸さんの体を貫通したライフル銃の弾頭の捜索に延べ2,000人を投入し、付近の土壌をスコップで掘り返し、ふるいに掛けるなどして捜索したが発見できず、弾頭の捜索は事件発生から9ヶ月後の同年11月に打ち切られた。

道内外の猟銃所持者約6,300人に聞き込みも行ったが、有力な情報は得られなかった。

同署は、現在も捜査を続けているが、未だ犯人逮捕には至っていない。

この事件の時効は、2021年2月4日(業務上過失致死罪の時効は10年)に迫っており、同署は、この事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

札幌方面 苫小牧警察署

電話:0144-35-0110

北海道警察本部

電話:011-251-0110

 

「犯人の情報」

・目撃されているのは2人で、2人ともオレンジ色の上衣(ジャンパー・チョッキなど)を着用していた

・青色・水色系のRV車に乗っていた

 

「現場の地図」

勇払郡厚真町銃弾死亡事件の現場地図
出典:苫小牧警察署

 

 

【未解決事件】伊達市で発生した砂浜佳祐くん行方不明事件

【砂浜佳祐くん行方不明事件】

 

砂浜佳祐くん行方不明事件は、2008年(平成20年)に北海道伊達市で発生した行方不明事件である。

2008年2月11日午前8時頃、北海道伊達市幌美内36番地58所在の知的障がい者総合援護施設「太陽の園」に入所していた砂浜佳祐(すなはま けいすけ)くん(当時15歳)が、同施設内から突如、行方不明になった。

砂浜くんは、行方不明になる前日の10日午前11時50分頃、自宅に電話を掛け、母親に「苫小牧のゲームセンターに行きたい」と話したが、母親は「迎えに行けないから」と説得し、ゲームセンターに行くのを諦めさせた。

しかし、その時の砂浜くんの様子は、こちらの話を聞いていないようで、いつもと感じが違ったという。

砂浜くんはこの後、同施設を抜け出したが、約1時間後に国道37号を苫小牧方向に歩いているところを同施設の職員が発見し、連れ戻した。

だが、翌日11日午前8時頃、トイレに行くところを目撃されたのを最後に行方が分からなくなった。

 

砂浜くんは、2006年10月に同施設に入所し、スクールバスで室蘭市内にある養護学校に通っていた。

2008年1月に伊達市内の高等養護学校を受験し、行方不明になった2日後の2月13日に合格の知らせが届いていた。

行方不明になってから同施設では毎日、4人以上の職員が伊達や室蘭、登別などの市街地や海沿いを捜索し、山中も伊達警察署などの関係機関と連携しながら捜索した。

更に、道内の交番や公共施設、コンビニエンスストアなどにチラシを貼り、伊達緑丘高校近くのバス停には高さ1.7m、幅1mほどの看板を設置するなどして情報提供を呼び掛けた。

2月11日午前9時頃、伊達の黄金砕石場で、それらしい男の子が山の方に昇って行っているのを目撃したという情報があり、山は何度も捜索したが見つからず、山を下りてきていたという目撃情報もないようだ。

山の奥深くに入ってしまったのだろうか。

砂浜くんの行方は現在も分かっておらず、同施設と伊達警察署は、砂浜くんに関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

北海道社会福祉事業団 太陽の園

電話:0142-23-3549(代表)

札幌方面伊達警察署 生活安全課

電話:0142-22-0110

 

「砂浜くんの情報」

砂浜佳祐くん
出典:太陽の園

・名前:砂浜佳祐(すなはま けいすけ)くん

・当時の年齢:15歳

・身長:161cmくらい

・当時の体重:48kg

・体格:痩せ型

・当時の髪型:黒色のストレートで鼻の下まで伸びていた

・身体の特徴:額に2cmくらいの薄い傷がある(よく見ないと分からない)

・当時の服装:上衣は黒色のジャージ、黒色のズボン、紺色のスニーカー

・クセや性格など:話しをする時によく耳を触る、鏡に映る自分の姿を凄く気にする、多少言葉の受け答えに難があるが会話は可能

 

「太陽の園の地図」

 

 

【未解決事件】北海道旭川少年行方不明事件の透視捜査の全貌

【北海道旭川少年行方不明事件の透視捜査の全貌】

 

2012年(平成24年)1月15日午後9時半頃、北海道旭川市の家を飛び出した後、行方不明になった佐藤智広(さとう ともひろ)くん(当時13歳)。

当時、この失踪事件は、テレビやマスコミで大捜索が行われたが、智広くんを見つける事はできなかった。

そして、失踪から約4年後に「水トク!今夜あの未解決事件を超能力軍団が徹底捜査X-MENジャパン」という番組で、3人の超能力者による透視捜索が行われた。

佐藤智広くんの捜索をした3人の超能力者
引用:水トク!今夜あの未解決事件を超能力軍団が徹底捜査X-MENジャパン

 

1人目は、スピリチュアリストの清宮一成氏。

清宮氏は、かつての行方不明者の居場所をズバリ言い当てた経験を持っている。

2人目は、スピリチュアリストのSHUN氏。

SHUN氏は、独特のポーズをとった瞬間から脳裏にビジュアルが鮮明に浮かぶという。

3人目は、スピリチュアリストのはやぶさ氏。

はやぶさ氏は、スピリチュアル芸人として活躍しており、芸能人からの信頼も厚い。

オーラと守護霊が見えるという彼女は、相談者の体の不調から将来の危険までがスライドショーのように目の前に現れるという。

だが、3人は事件との相性もあり、必ずしも万能ではないため、確率を上げるために3人で力を合わせて捜索を行った。

 

「智広くんの家族に会う」

3人は、救いを求める智広くんの母親と姉の元を訪れた。

智広くんの母親は3人に、智広くんが家を出てから連絡が取れず、行方不明になっている事を告げた。

すると、3人は早速透視を開始した。

 

・清宮氏の透視

清宮氏の透視によると、智広くんは突発的に出て行ったのではなく、何かあった時には出て行こうと計画していたという。

つまり、智広くんは何らかの事件に巻き込まれたのではなく、自主的に家を出て行ったのではないかという。

 

・はやぶさ氏の透視

はやぶさ氏の透視によると、東京のある街の〇〇通りから入ったところの〇〇〇駅の〇〇というビルの映像が現在視えるので、智広くんは東京のある街にいる可能性が高いという。

また、はやぶさ氏は、智広くんが小学5年生くらいの時に、右足をケガしているようだと言った。

智広くんの母親と姉によると、智広くんはその頃、右足を2回骨折しているという。

 

・SHUN氏の透視

SHUN氏の透視では、智広くんは旭川市内にいるという。

SHUN氏には、「長い一直線の道路」・「線路が横に走っている」・「神社沿いの道路」・「川沿いの道」・「大きな橋」・「街の中心部が遠くから見える光景」などの映像が視えるという。

 

「旭川市内を捜索」

SHUN氏に視えた映像をもとに旭川市内を捜索した。

そして、SHUN氏に視えた場所付近に行ってみたが、視えた映像はそこで途切れてしまった。

 

「東京のある繁華街を捜索」

清宮氏とはやぶさ氏は、地図上で透視し、東京の繁華街の中から智広くんがいると思われるエリアを絞り込んだ。

実際にその場所に向かった2人は、智広くんの居場所を更に絞り込むという。

2人が向かった繁華街は、はやぶさ氏が旭川で透視をした際に視えた映像の場所そのものだという。

清宮氏がその場で行った透視によると、100円ショップなどの映像が視えるので、智広くんは日常的にここに買い物に来ているという。

また、そこにあるゲームセンターでよく遊んでいるという。

そして、はやぶさ氏は、繁華街にある九州のラーメン店に智広くんがたまに来ているという。

更に、はやぶさ氏は、繁華街に隣接する住宅街に入った時、その周辺のアパートで智広くんが生活している映像が視えたという。

番組スタッフは、ゲームセンターとラーメン店、住宅街の近隣住民にビラを配り、情報を待つ事にした。

その後、清宮氏がこの日最も具体的なイメージを口にした。

それは、「オレンジと赤と白の看板がある変わったコンビニに智広くんが出入りしていた」というものだった。

更に、そのコンビニの脇に喫煙所があり、コンビニ前で智広くんが待ち合わせのために立っている姿が視えるという。

番組スタッフがそのコンビニを探し回ったところ、オレンジと赤と白の看板のコンビニを発見した。

しかも、そのコンビニの脇には喫煙所もあった。

しかし、この日は智広くんを見つける事はできなかった。

 

「コンビニ前で張り込み」

その後、番組スタッフがコンビニ前で数日間に渡り張り込みを行う事にした。

しかし、失踪から4年が経っているため、顔の印象が変わっている可能性がある。

だが、家族なら見逃すはずがない。

そこで、この状況を智広くんの母親と姉に説明したところ、「自分たちで見に行きたい」との申し出があり、母親と姉に上京してもらう事となった。

だが、智広くんの母親はこのコンビニを知っていた。

母親は以前、別の番組で東京での智広くんの目撃情報を入手しており、その際に辿り着いたのがこのコンビニだという。

智広くんの母親と姉は、このコンビニ前で張り込む事になった。

 

コンビニ前での張り込み状況は、下画像のようになっている。

佐藤智広くんの目撃情報があったコンビニ前での張り込み状況
引用:水トク!今夜あの未解決事件を超能力軍団が徹底捜査X-MENジャパン

 

そして、張り込みから1時間が経過した午前1時頃、智広くんに似ている男性を発見した。

智広くんの母親によると、ポケットに手を入れて歩く姿や、ちょっと猫背なところが智広くんに似ているという。

だが、顔が違っていた。

その後も張り込みは続いたが、徐々に人が減り始め、結局、夜明けになっても智広くんを見つける事はできなかった。

 

 

【未解決事件】札幌市豊平区タクシー運転手強盗殺人事件

【札幌市豊平区タクシー運転手強盗殺人事件】

 

札幌市豊平区タクシー運転手強盗殺人事件は、2000年(平成12年)に北海道札幌市で発生した強盗殺人事件である。

2000年10月5日午前3時55分頃、北海道札幌市豊平区豊平1条1丁目の路上に停車している札幌交通のタクシーが発見され、タクシー内から同交通運転手の斉藤健一さん(当時59歳)が、運転席で左胸に小型ナイフ(ペティナイフ)が突き刺さった状態で発見され、車内にあった納金バッグと運転日報がなくなっていた。

斉藤さんは、シートベルトを締めたままで、タクシーは左側後ろのドアが開き、ハザードランプが点滅した状態になっていた。

豊平警察署の調べによると、斉藤さんは午前3時26分頃、最後の客を現場の北側にある国道12号線で乗せ、約5分後に降ろしていた事が分かった。

同署は、この最後の客が犯人の可能性があると見ており、犯行時刻は午前3時26分頃から発見される午前3時55分頃までの間と見られている。

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、豊平警察署はこの事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

札幌方面豊平警察署

電話:011-813-0110

 

「10月5日の事件の経過」

・午前3時26分頃

犯人と見られる最後の客を国道12号線で乗せる。

 

・午前3時31分頃

犯人と見られる男を降ろしたと思われる。

 

・午前3時55分頃

札幌市豊平区豊平1条1丁目の路上で、タクシーと斉藤さんの遺体が発見される。

 

「最後の客の乗車場所と遺体発見現場の地図」

札幌市豊平区タクシー運転手強盗殺人事件の最後の客の乗車場所と発見現場の地図
出典:豊平警察署

 

「盗まれた納金バッグと同型の納金バッグ写真」

札幌市豊平区タクシー運転手強盗殺人事件で盗まれた納金バッグと同型の納金バッグの写真
出典:豊平警察署

 

「被害車両と同型のタクシー写真」

札幌市豊平区タクシー運転手強盗殺人事件の被害車両と同型のタクシー写真
出典:豊平警察署

 

 

【未解決事件】函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件

【函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件】

 

函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件は、2006年(平成18年)に北海道函館市で発生した強盗殺人・死体遺棄事件である。

2006年12月21日午前7時10分頃、北海道函館市港町3丁目216番地4にある港町荷揚場で、乗り捨てられた「有限会社しんわ交通」のタクシーが見つかり、トランク内から同タクシー会社運転手の八木橋朋弘(やぎはし ともひろ)さん(当時42歳)の遺体が発見された。

発見したのは同僚運転手で、八木橋さんは、うつ伏せ状態で発見され、胸などには刃物で刺された傷があり、タクシー内にあった売上金はなくなっていた。

また、発見現場から約15km離れた亀田郡七飯町字峠下102番地の路上で、八木橋さんの血痕や携帯電話などが発見された事から、八木橋さんが同路上付近で何らかのトラブルに巻き込まれた可能性があると見られている。

北海道警察は、強盗殺人・死体遺棄事件として函館西警察署に函館中央警察署との合同捜査本部を設置し、捜査を続けているが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、この事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

函館方面函館西警察署

「函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件 合同捜査本部」

電話:0120-004-179(直通)

電話:0138-42-0110(代表)

 

「12月21日の事件の経過」

・午前3時50分頃

北斗市七重浜1丁目付近で客を乗せ、国道227号線(大野新道)を亀田郡七飯町方向に走行

 

・午前4時5分頃

亀田郡七飯町字仁山付近で空車となり、その後、同所から亀田郡七飯町字峠下など周辺を約15分間走行

 

・午前4時20分頃

亀田郡七飯町字峠下102番地で停車(この場所で八木橋さんの血痕や携帯電話などが発見されている)

 

・午前4時25分頃から午前4時55分頃

亀田郡七飯町字峠下102番地から国道227号、国道228号線を経て函館市内方向に走行し、午前4時55分頃に函館市港町3丁目で停止

 

・午前7時10分頃

交代予定時間の午前6時半になっても八木橋さんが戻ってこなかったため、同僚数名がタクシーで捜索。

そして、GPS(衛星利用測位システム)で八木橋さんのタクシーの位置を確認し、車両を発見。

 

・午前7時25分頃

同僚が配車係を通じて110番通報。

 

函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件の被害者の事件当日の運行状況を示した地図
出典:函館西警察署

 

 

「タクシー発見現場と血痕・携帯電話などの発見現場の詳細地図」

・タクシー発見現場の詳細地図

函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件のタクシー発見現場の地図
出典:函館西警察署

 

・八木橋さんの血痕・携帯電話などの発見現場の詳細地図

函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件の被害者の血痕や携帯電話の発見現場の地図
出典:函館西警察署

 

 

「八木橋さんのタクシーの写真」

函館市タクシー運転手強盗殺人・死体遺棄事件の被害者が乗っていたタクシーの写真
出典:函館西警察署

 

 

【未解決事件】石狩市新港会社員強盗殺人事件 ショベルカーで強盗

【石狩市新港会社員強盗殺人事件】

 

石狩市新港会社員強盗殺人事件は、2005年(平成17年)に北海道石狩市で発生した強盗殺人事件である。

2005年1月13日午前5時52分頃、北海道石狩市新港中央2丁目813-2に所在する砂利運搬会社「有限会社 丸井今井工業石狩営業所」の事務所内で、従業員の新田猛さん(当時56歳)が死亡しているのが発見された。

発見したのは出勤してきた同僚で、頭から血を流して倒れている新田さんを見つけ、110番通報した。

新田さんは鈍器のような物で殴られたような跡があり、床に倒れていたという。

 

北警察署は、遺体発見の約2時間前に事務所にあったショベルカーが盗まれ、ATMのある近くのスーパーの壁が壊される事件が発生した事で、強盗殺人事件と断定し、捜査を開始した。

被害に遭ったスーパーは、新田さんが殺害された現場から約3km離れた同市樽川にある「ビックハウス花川店」で、同日午前4時10分頃にATMの所の壁が、盗まれたショベルカーで壊された。

警備会社への異常通報により署員が駆け付けたため、ショベルカーを運転していた人物は何も取らずに逃走し、ショベルカーは事務所近くに放置されていた。

パトカー3台で犯人を追跡したが、当日は猛吹雪で視界が悪かったため、見失ってしまった。

 

新田さんは会社の除雪作業をするために、通常、午前3時頃に出勤しており、事務所の配車係として採石運搬用のダンプカーなどの手配をしていた。

ショベルカーのカギは、いつも事務所内に保管されていた事から、同署は会社の内部に詳しい者の犯行の可能性があると見ている。

ショベルカーは高さ4m、全長が10mもある大型タイプのもので、犯人はこれを巧みに操っていた事から、こうした機械を操る技術を持っていたと見られる。

 

現場は石狩湾に面した石狩市北部の港湾・鉱工業者の集積地で、付近にはコンテナ置き場などがあり、普段は業者関係者以外の人通りは少ない。

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、北警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

北警察署

011-727-0110

 

「現場の地図」

石狩市新港会社員強盗殺人事件の現場の地図
出典:北警察署

 

「犯人の遺留品」

ガストーチ・手袋・長靴

石狩市新港会社員強盗殺人事件の犯人の遺留品のイメージ画像
出典:北警察署

 

 

【未解決事件】鹿追町女性殺人事件 顔見知りの犯行か?

【鹿追町女性殺人事件】

 

鹿追町女性殺人事件は、2003年(平成15年)に北海道河東郡で発生した殺人事件である。

2003年11月29日午後9時45分頃、北海道河東郡鹿追町泉町2丁目31番地に住んでいた無職の古谷ユキエさん(当時71歳)が、自宅で死亡しているのが発見された。

発見したのは隣に住む義理の弟で、古谷さんは自宅の寝室で首から血を流して倒れていた。

義理の弟は、古谷さんの部屋の明かりが夜になっても点灯しないのを不審に思い様子を見に行くと、寝室のベッド脇の床にパジャマ姿で倒れている古谷さんを発見した。

発見時、玄関のカギは掛かっていなかったが、カギを壊して侵入した形跡はなく、窓から侵入した形跡もなかった。

誰かと争う声や物音も聞かれていないが、別の部屋にある仏壇の供え物が床に散乱しており、タンスの引き出しが開けられた形跡があった。

古谷さんは普段しっかりカギを掛けていた事から、新得警察署は顔見知りの犯行と見ている。

 

司法解剖の結果、死因は首を切られた事による失血死と判明し、死亡推定時刻は28日未明から午後1時30分の間と見られている。

古谷さんの首の右側には、鋭利な刃物で切られたと見られる約10cmもの傷があり、倒れていた床の周辺には大量の血があった。

 

古谷さんは7年前に夫を亡くしてからはずっと1人暮らしで、内臓が悪く、事件当時は体調が良くなかった。

元気な頃は、ゴミ拾いや花壇作りなど、地域活動にも積極的だったという。

 

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、新得警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

新得警察署

0156-64-0110

 

「現場付近の地図」

鹿追町女性殺人事件の現場付近の地図
出典:新得警察署

 

 

【未解決事件】釧路市光陽町殺人事件 金銭トラブルによる犯行か?

【釧路市光陽町殺人事件】

 

釧路市光陽町殺人事件は、2001年(平成13年)に北海道釧路市で発生した殺人事件である。

2001年3月5日午後9時10分頃、北海道釧路市光陽町に住んでいた無職の増田清子さん(当時74歳)が、何者かによって殺害されているのが発見された。

発見したのは釧路市内に住む友人で、増田さんは自宅の居間のコタツ内で首を刃物で刺され死亡していた。

発見した友人は、増田さん宅に何度も電話を掛けたが応答がなかったため、心配になって見に来たという。

友人が訪れた際、玄関は内側から施錠されていたが、ベランダにある窓は閉まっていたものの、カギは掛かっていなかった。

事件直前、増田さんは近くにある食堂から2人前の出前を取っており、コタツの上には2つの湯のみ茶碗があり、石油ストーブはついたままで、誰かに接客しているような様子だった。

部屋には争ったような形跡はなく、金品が盗まれたような形跡もなかった。

 

司法解剖の結果、死因は首を刺された事による失血死と判明し、現場からは血の付いた包丁が発見されている。

また、死亡推定時刻は、3月2日の午後7時から午後9時の間と断定された。

 

増田さんは1日に亡き夫の父親が入所している特別養護老人ホームを訪れているが、それ以降の外出は確認されていない。

増田さんは糖尿病で目が不自由だったが、地元の老人会に入り、毎週火曜日に行われている踊りの会に参加するのを楽しみにしていた。

 

釧路警察署は亡くなった増田さんの夫が、複数の知人を相手に多少の利息をつけて金を貸していた事で金銭トラブルがあった可能性も視野に入れて捜査している。

2日の午後3時から午後4時にかけて、50~60歳くらいの黒っぽい服を着た中肉中背の男性が、増田さん宅に出入りする姿を近所の人が目撃している。

しかし、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、釧路警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

釧路警察署

0154-23-0110

 

「現場付近の写真と地図」

釧路市光陽町殺人事件の現場付近の写真と地図
出典:釧路警察署

 

 

【未解決事件】北海道旭川少年行方不明事件 智広君はどこに消えた?

【北海道旭川少年行方不明事件】

 

北海道旭川少年行方不明事件は、2012年(平成24年)に北海道旭川市で発生した少年失踪事件である。

2012年1月15日午後9時半頃、北海道旭川市に住んでいた中学1年生の佐藤智広(さとうともひろ)くん(当時13歳)が家を飛び出した後、行方不明になった。

事件前日、智広くんは2歳年上の姉とテレビのチャンネル争いでちょっとした喧嘩になり、腹を立てた智広くんは壁に穴をあけ、自分の大事にしていたゲーム機も壊したという。

そして事件当日、姉との喧嘩について母親に問われると、腹を立て、そのまま家を飛び出して行ったそうだ。

智広くんはその後、行方が分からなくなった。

 

智広くんが家を飛び出して行った時の外の気温は-15℃とかなり寒かった。

しかし、智広くんはズボンに薄手のジャンパー1枚という服装で家を出た。

しかも、携帯電話も持たず所持金は僅か1,000円ほどだったという。

そう遠くには行かないだろうと思っていたが、なかなか帰ってこない智広くんを心配した母親は、1時間半後の午後11時に車で付近を探し回ったが智広くんを見つける事は出来なかった。

 

翌朝、母親は警察に相談し、夕方に捜索願いを出した。

捜索願いを受けた警察は、事件や事故に巻き込まれた可能性も視野に入れ、ヘリコプターを使って智広くんの自宅近くを流れる川などを上空から捜索したが、智広くんを発見する事は出来なかった。

また、智広くんが川に落ちたり事故に巻き込まれた形跡も発見出来なかった。

 

「考えられる智広くんの足取り」

自宅近くにある交通機関はバス・タクシー・JRの3つだ。

 

・バスを利用した可能性

智広くんは普段、学校や塾の行き返りにバスを利用していた。

行方不明になった佐藤智広君の自宅近辺にあるバス停を示した地図
出典:テレビ朝日「追跡!真実の行方」

最寄りのバス停留所は、緑が丘4条1丁目と緑が丘入口の2ヵ所だ。

警察はバス会社に捜査協力を依頼し、事件当日のバス車内に設置してある防犯カメラの映像を確認したが、智広くんはどこにも映っていなかった。

更に、智広くんが家を出た時間、バスの運行時間は既に終了しており、智広くんがバスに乗るのは物理的に不可能だという事も判明した。

 

・タクシーを利用した可能性

智広くんの自宅付近を空車のタクシーが走っている事は滅多にないらしく、事件当日に智広くんらしき少年を乗せたタクシー運転手もいなかった。

 

・JRを利用した可能性

事件当日、智広くんが家を飛び出した時間はまだJRは運行していたので、利用しようと思えば可能だ。

しかし、JR駅の待合室の防犯カメラには智広くんらしき少年は映っていなかった。

 

「他に考えられる行先」

・幼馴染の家を訪ねる

智広くんが住んでいた同じ団地内には幼馴染の家がある。

しかし、智広くんはそこに立ち寄る事も連絡する事もなかった。

 

・徒歩で移動

バス・タクシー・JRのどれも利用せず、幼馴染の家にも立ち寄っていないとなると、考えられるのは徒歩でどこかに向かったという事だけだ。

しかし、失踪当日の家を飛び出した時間の外気温は-15℃だ。

薄手のジャンパー1枚だけで外に居られる時間は数十分が限度だと思われる。

そう考えると智広くんはどこかで暖を取ったに違いない。

その時間帯に立ち寄れそうな場所は、コンビニエンスストアかファストフード店ぐらいしかない。

行方不明になった佐藤智広君の自宅近辺にあるコンビニの位置を示した地図
出典:テレビ朝日「追跡!真実の行方」

智広くんの自宅近くには、2軒のコンビニエンスストアと1軒のファストフード店がある。

しかし、智広くんが立ち寄った形跡はどの店にもなかった。

 

「拉致監禁された可能性」

智広くんがどこかに立ち寄った形跡や目撃情報などは全くない。

となれば、残された可能性は何者かに車で連れ去られたという事だけだ。

元兵庫県警の刑事は、智広くんは自宅を出て500m以内に何者かに車に乗せられ連れ去られたのではないかと推測している。

身代金の要求もない事から、通り魔的な犯行だったのではないかと見ているようだ。

智広くんの行方は現在も分かっておらず、旭川東警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

旭川方面旭川東警察署 生活安全課

電話:0166-34-0110

北海道警察旭川方面本部 生活安全課

電話:0166-35-0110

 

「佐藤智広くんの情報」

行方不明になった佐藤智広君の写真
出典:テレビ朝日「追跡!真実の行方」

 

・名前:佐藤智広(さとう ともひろ)くん

・生年月日:1998年9月17日

・年齢:当時13歳

・住所:北海道旭川市緑ケ丘

・通っていた中学:国立大学付属中学

・成績:学年でトップクラス

・部活:サッカー部

・将来の夢:医師

・当時の服装:グレーのズボン、黒いジャンパー、白いスニーカー

 

【未解決事件】城丸君事件 容疑者の女はなぜ無罪になったのか?

【城丸君事件】

 

城丸君事件(じょうまるくんじけん)は、1984年(昭和59年)に北海道札幌市で発生した男児の失踪・死亡事件である。

1984年1月10日、北海道札幌市豊平区に住んでいた男児・城丸君(当時9歳)が行方不明になった。

母親によると、城丸君は「ワタナベさんの家に行く」と言い残し家を出た後、行方が分からなくなった。

警察は当初、城丸君の家が資産家だったため、身代金目当ての誘拐ではないかと考えたが、身代金を要求する電話などがなかったため、公開捜査に踏み切った。

その後、城丸君が元ホステス(当時29歳)が住んでいたアパートの階段を上がっていたという目撃証言が得られたため、この元ホステスを重要参考人として事情聴取したが、手掛かりになるような有力な情報を得る事はできなかった。

 

1986年12月30日、元ホステスが嫁いでいた新十津川町にある住宅が火事になり、元ホステスの夫が死亡した。

夫には1億円もの保険金がかけられており、元ホステスはその金を保険会社に請求したが、その後取り下げている。

その後、死亡した夫の弟が火事で焼けた家の整理をしていたところ、焼けた人間の骨が見つかった。

警察はその骨をDNA鑑定したが、当時の技術では身元を特定する事はできなかった。

警察は元ホステスを再び事情聴取した。

その際に、ポリグラフ検査(嘘発見器)で特異反応を示し、罪を犯した事を匂わすような発言をしていたが、発見された人骨の身元が判明していなかった事などもあり、これ以上の追求を断念した。

 

1998年、短鎖式DNA型鑑定を用い再度骨のDNA鑑定をしたところ、城丸君の骨である事が判明し、12月7日に元ホステスの女を殺人罪で起訴した。

この時、傷害致死・死体遺棄・死体損壊罪の公訴時効は成立しており、殺人罪の時効成立は1ヶ月後だった。

検察は元ホステスが借金を抱えていた事から身代金目当てで城丸君を誘拐し殺害したとしたが、城丸君の死因を特定できなかったため殺害方法は不明として立件せざるを得なかった。

 

「裁判」

被告人は、一審の罪状認否で「起訴状にあるような事実はない」と主張した以外は、検察側の質問に対し全て「答える事はない」と返した。

弁護側は被告人は黙秘権を行使する意向だとし、被告人質問を実施すること自体に反対した。

検察は多くの状況証拠から被告人が城丸君を殺害したとし無期懲役を求刑したが、弁護側は無罪を主張した。

警察の捜査では被告人が殺害に及ぶ理由を見い出せておらず、被告人は経済的に困窮しておらず、身代金目当てで誘拐する動機がないとされた。

しかし、城丸君の遺体を長期間保管したり焼けた骨を隠したり、当初の事情聴取で犯行をほのめかすような供述をしていた事が事実認定された。

 

そして、2001年5月30日、札幌地裁は被告人の家から見つかった骨が城丸君のものであると認定し、証言などから電話で城丸君を呼び出したのは被告人であるとした。

また、多くの状況証拠から城丸君が被告人の家に居る間、被告人の犯罪行為によって死亡した疑いが強いとし、なんらかの致死行為があった事を認めたものの、殺意があったかどうかは疑いが残ると認定し、被告人の殺人罪について無罪判決を下した。

裁判での被告人の黙秘権の行使に対しては、「被告人としての権利の行使にすぎず、被告人が何らかの弁解や供述をしなかった事をもって、犯罪事実の認定に不利益に考慮することが許されないのは言うまでもない」とした。

この判決に対し検察側は控訴したが、2002年3月19日、札幌高裁は控訴を棄却し、事実上、未解決事件となった。

そして、同年5月2日、元ホステスは札幌地裁に刑事補償1,160万円を求める裁判を起こし、11月18日に札幌地裁は930万円の支払い命令を下した。