【未解決事件】花巻市で発生した小原キミ子さん行方不明事件

【花巻市で発生した小原キミ子さん行方不明事件】

 

小原キミ子さん行方不明事件は、2001年(平成13年)に岩手県花巻市で発生した行方不明事件である。

2001年11月13日、岩手県花巻市高木地内に住んでいたパート従業員の小原キミ子さん(当時48歳)が突如、自宅から姿を消した。

13日午前10時過ぎ、小原さん宅から小原さんと思われる女性の悲鳴が近所に漏れ聞こえており、それを聞いた近所の主婦が友人らと共に小原さん宅に駆け付けた。

そして、駆け付けた主婦らが最初に目撃したのは、玄関扉のガラス4枚の内の2枚が砕けた光景だった。

砕けた2枚の内の1枚はひし形に砕け、もう1枚は完全に粉々になっていた。

これを見て驚いた主婦らは、午後1時過ぎに花巻署矢沢駐在所に通報した。

自宅内には既に小原さんの姿はなく、失踪したと見られていた。

後日、花巻市内にある病院の駐車場で小原さんの乗用車が発見されたが、小原さんの姿はなく、小原さん発見に繋がる手掛かりを掴む事もできなかった。

小原さんの知人男性によると、小原さんには2人の子供がいるが、いずれも溺愛していたため、子供を置いて出て行く事は考えられないという。

小原さんは夫と別居しており、2人の子供と3人暮らしだった。

 

溺愛していた子供たちを置いて出て行く事は考えにくいし、玄関扉のガラスが割れていた事や、小原さんらしき女性の悲鳴を近所の主婦が聞いている事などから考えると、やはり何者かが小原さん宅に侵入し、連れ去った可能性が高いのではないだろうか。

花巻警察署は、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性もあると見て、現在も捜査を続けているが、未だ小原さんの行方は分かっていない。

同署は、小原さんに関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

花巻警察署

電話:0198-23-0110

 

「小原さんの情報」

小原キミ子さん
出典:花巻警察署

 

 

 

 

 

 

 

 

・名前:小原キミ子さん

・当時の年齢:48歳

・身長:145cmくらい

・当時の髪型:黒髪のショートカット

・特徴など:黒っぽい服を好んで着ていた

 

 

【未解決事件】川井村17歳女性殺人事件 冤罪の可能性も

【川井村17歳女性殺人事件】

 

川井村17歳女性殺人事件は、2008年(平成20年)に岩手県下閉伊郡で発生した殺人事件である。

2008年7月1日、岩手県下閉伊郡川井村(現在の宮古市)の山間部で女性の遺体が発見された。

死亡していたのは佐藤梢(さとう こずえ)さん(当時17歳)で、道路工事をしていた作業員によって発見された。

司法解剖の結果、死因は首を絞められた事による窒息死と見られ、死亡推定日時は6月30から7月1日と判明した。

また、何者かに首を絞められた後、瀕死の状態で橋から投げ捨てられた可能性が高いと見られている。

 

6月28日、佐藤さんの知人だった小原勝幸(おばら かつゆき・当時28歳)という人物が、佐藤さんを電話で呼び出していた。

2人はコンビニで待ち合わせをし、佐藤さんはコンビニの防犯カメラに映ったのを最後に消息を絶っていた。

そして、小原氏は7月2日午前10時頃に弟にはメールで、知人には電話で自殺をほのめかすような連絡をしていた事が分かった。

7月3日には、断崖現場から小原氏が所持していた財布やタバコなどが発見されたが、小原氏の遺体が発見されなかったため、警察は偽装自殺と判断し、7月29日に小原氏を佐藤さん殺害の容疑で全国に指名手配した。

小原容疑者は、事件直後に自損事故を起こしており、放置されていた小原容疑者の車の中からは血痕や遺留品が発見された。

そして、遺留品の鑑定結果より、警察は小原容疑者が佐藤さんを殺害した犯人と断定した。

小原容疑者は現在も逮捕されておらず、警察はこの事件を捜査特別報奨金制度に指定し、事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

宮古警察署捜査本部

0120-243-852(フリーダイヤル)

0193-64-0110(代表)

 

しかし、一方で小原容疑者の父親は国や県に対し、指名手配の差し止めと損害賠償を求める訴訟を2010年6月30日に起こしている。

それはなぜかと言うと、この事件には冤罪疑惑があるからである。

盛岡地裁は2014年4月11日に、父親のこの請求を棄却し、原告側が控訴しなかったため、そのまま確定している。

では、この事件にはどのような冤罪疑惑があるのだろうか。

 

「冤罪が疑われる点」

・殺害された佐藤梢さんには、佐藤梢さんという同姓同名の友人女性がおり、この佐藤さんは小原容疑者と以前交際していた。

そして、この佐藤さんは、殺害された佐藤さんが自分の身代わりになったのではないかと話している。

どういう事かと言うと、小原容疑者は以前にX氏という先輩に仕事を紹介してもらっていたが、その仕事を勝手にバックレたため、X氏に謝罪しに行った際に日本刀で脅され「俺の面を汚した慰謝料を払え」と言われ、120万円の借用書にサインさせられた。

その時、連帯保証人の欄にもサインしろと言われ、交際していた佐藤梢さんの名前を書いてしまった。

その後、小原容疑者はX氏に金を払わず逃げ続けていたが、交際相手の佐藤さんにも電話が掛かってくるようになり、6月3日に2人は警察に恐喝の被害届を提出した。

しかし、小原容疑者はX氏に脅されたからなのか、急に被害届を取り下げたいと交際相手の佐藤さんに連絡し、警察に同行してくれるよう頼んだが、佐藤さんはそれを断った。

それで追い詰められた小原容疑者は、交際相手の佐藤さんではなく、殺害された同姓同名の佐藤さんを電話で呼び出したのではないかという事だ。

 

・6月29日午前9時頃、小原容疑者は車で4時間ほど離れた田野畑村に住む弟の家に向かっている。

その時、小原容疑者は右手の小指と薬指あたりにケガをしており、弟には壁を殴ったと話している。

小原容疑者を診察した医師によると、箸も持てないくらいのケガとの事で、あの手で誰かの首を絞めて殺害するのは不可能だとしている。

佐藤さんは首を絞められた後に橋から投げ捨てられたと見られており、仮に首を絞めて殺害できたとしても、体重が52kgある佐藤さんを左手だけで橋から投げ捨てられるのかという疑問が残る。

実際に男性1人で52kgの物を片手で持ち上げる事ができるかという検証が行われているが、全く持ち上げられなかった。

 

・小原容疑者は、6月29日から30日の2日間は弟の家に宿泊しており、30日の午後と7月1日の午前9時以降は友人宅に居た。

佐藤さんの死亡推定日時は、6月30から7月1日にかけてなので、小原容疑者が犯人だとすれば、いつ佐藤さんを殺害し、いつ遺体を遺棄したのかという疑問が残る。

小原容疑者の幼馴染の友人は、小原容疑者にはアリバイがある事を全部警察に話しているが、警察は小原容疑者を犯人と決めつけたような話ぶりだったという。

 

・元刑事の検証によると、小原容疑者の弟が住む田野畑村から佐藤さんの遺体が発見された川井村までは、車で片道2時間かかるため、6月29日から7月1日の間、弟と友人の家に居た小原容疑者が佐藤さんを殺害して死体を遺棄するのは、時間的にも距離的にも不可能だという。

 

・小原容疑者には佐藤さんを殺害する動機がない。

小原容疑者と知り合ったのは、2人の佐藤さんが一緒にいる時に、小原容疑者に声を掛けられた事がきっかけだそうだ。

その後、3人は友人関係になり、もう1人の佐藤さんが小原容疑者と交際するようになった。

 

・警察がこの事件を組織ぐるみで隠蔽しようとした可能性がある。

小原容疑者から恐喝の被害届が提出された後、恐喝事件を警察がきちんと捜査していれば、佐藤さんは殺害されなかった可能性もある。

恐喝事件をきちんと捜査しなかった事が原因で、佐藤さんが殺害されたとなれば、警察は大きなダメージを受ける事になる。

その後、恐喝の被害届自体が提出されていない事にされているようで、これはどう考えてもおかしい。

これは推測だが、もしかすると警察は小原容疑者を犯人に仕立て上げようとしているのかもしれない。

小原容疑者の家族や元交際相手の佐藤さんは、記者会見まで行い、事件の再捜査を訴えているが、きちんとした捜査は行われていないらしい。

 

「小原容疑者はどこに消えたのか」

小原容疑者は7月2日に、鵜の巣断崖から飛び降りて自殺しようとしていたが、遺体は発見されていない。

翌7月3日に、鵜の巣断崖に残されたサンダル・財布・免許証などの小原容疑者の遺留品が発見されているが、自殺していないとすれば、小原容疑者は裸足でどこに向かったのだろうか。

鵜の巣断崖は国道から約2.5km離れた所にあり、国道まで歩くと約35分かかる。

元刑事によると、鵜の巣断崖から裸足で歩いて国道まで出るのはまず不可能で、利用できる交通機関もない。

車を盗んで逃走する方法もあるが、そのような形跡や痕跡は全くない。

小原容疑者のその後の足取りや存在している痕跡なども一切見つかっていない。

小原容疑者は一体どこに消えたのだろうか。

 

「宮古警察署が作成したポスター」

川井村17歳女性殺人事件のポスター
出典:宮古警察署

 

 

【未解決事件】普代村6歳女児行方不明事件 計画的誘拐か?

【普代村6歳女児行方不明事件】

 

普代村6歳女児行方不明事件は、1997年(平成9年)に岩手県普代村で発生した行方不明事件である。

1997年6月29日、岩手県普代村(ふだいむら)に住んでいた金子恵理(かねこ えり)ちゃん(当時6歳)が、自宅付近で行方不明になった。

恵理ちゃんはこの日、自宅裏にある沢で1人で遊んでいた。

午後4時30分頃までは遊んでいる声を母親が聞いていたが、午後5時頃から姿が見えなくなった。

 

この日は日曜日で、午前8時頃から父親と母親、恵理ちゃんの3人で車で約100km離れた青森県八戸市に買い物に出掛け、午後3時頃に帰宅した。

父親はその後、裏山に山菜を採りに行き、帰ってきてから昼寝をしていた。

恵理ちゃんは着替えた後、いつものように家の前で遊んでいた。

そして、午後4時55分頃、目を覚ました父親が恵理ちゃんが居ない事に気付き、母親と祖父と一緒に恵理ちゃんを探したが、どこにも見当たらなかった。

自宅周辺の約1kmが恵理ちゃんの行動範囲になっており、1人で遊んでいても、いつもきちんと帰ってきていたという。

父親が山に連れて行ってはぐれた時も、山のふもとに停めていた車に1人で戻り、車内で待っていた。

家の周りにある雑木林にも「入るな」と日頃から教えており、それもきちんと守っていたので、自宅周辺で迷子になる事は考えにくいという。

恵理ちゃんは現在も見つかっておらず、久慈警察署は恵理ちゃんの写真や当時の服装などの情報を公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

久慈警察署

0194ー53ー0110

 

「目撃情報」

・自宅周辺の雑木林の車道沿い付近で、近所の住民が女の子の声を聞いている。

警察が警察犬で捜索した時も、女の子の声が聞こえた辺りで警察犬が止まったという。

 

・恵理ちゃんが行方不明になる数日前に、男が運転する白い不審車両が目撃されている。

 

・恵理ちゃんが行方不明になる数日前に、自宅周辺の雑木林に自衛隊のジープが停まっていたのが目撃されており、車の近くには自衛隊の服を着た男が立っていたという。

その辺りに自衛隊の演習場などがない事から、父親は不審に感じたという。

 

「恵理ちゃんの情報」

行方不明になった金子恵理ちゃんの写真
出典:久慈警察署

 

 

 

 

 

 

 

 

・名前:金子恵理(かねこ えり)ちゃん

・当時の年齢:6歳

・当時の身長:115cmくらい

・当時の体型など:体重約24kgのぽっちゃり型

・当時の服装:青色の長袖シャツ(胸に2匹の犬の絵有り)、オレンジ色の長ズボン(左膝部分に茶色の膝当て有り)、白色とピンク色の長靴

・特徴やクセなど:鼻の下に小さなホクロ有り、左腕より右腕が少し太い、バイバイする時に手の甲を向けて手を振るクセがある

 

 

【未解決事件】原町市女性失踪事件 失踪前から執拗な嫌がらせ

【原町市女性失踪事件】

 

原町市女性失踪事件は、1994年(平成6年)に福島県原町市で発生した失踪事件である。

1994年2月19日、福島県原町市(現在の南相馬市)内にある歯科医院で、歯科助手兼事務員をしていた増山ひとみさん(当時21歳)が勤務先からの帰宅途中に行方不明になった。

増山さんはこの日、午前中に仕事を終え、午後1時10分頃に車で歯科医院を出た後に行方が分からなくなった。

3週間後に結婚する予定だったため、この日が最後の出勤日で、職場の同僚達から「幸せになってね」と言われ花束も貰っていた。

 

翌日20日、同市内にあるコンビニエンスストア裏の空き地に、増山さんが乗っていた黒色のスズキのアルトワークスが放置されているのが発見された。

この場所は、職場から北に約500mほどの所で、職場のすぐ近くだった。

車にはカギが掛かっており、車内には増山さんの財布やジャケット、バッグなどの所持品と貰った花束が残されており、バッグの中には結婚指輪も入っていた。

増山さんには家出をする理由がなく、免許証や保険証、現金などの所持品も全て残されていた事から、警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性もあると見ている。

 

「失踪前から失踪当日までの出来事」

・増山さんが婚約して以降、自宅に毎晩のように無言電話が掛かってきていた。

しかし、増山さんの父親によると、増山さんが失踪したのと同時に、無言電話が掛かってこなくなったという。

 

・車に傷をつけられたり、誹謗中傷する言葉の落書きをされるなどの被害に遭っていた。

 

・発見された増山さんの手帳に、1月25日に「〇〇という女からTel」という内容の知らない女性に関するメモが残されていた。

 

・失踪当日、職場に若い女性から「増山ひとみさんという方はいますか」という電話が掛かってきており、増山さんはこの女性と時計を見ながら話していたという。

職場の同僚によると、増山さんは電話の相手と待ち合わせをしていたように見え、あまり親しい間柄ではないと感じたという。

後の調べで、この電話の相手は元婚約者の元愛人だった事が分かっており、この日が初めての電話ではなかったようだ。

 

「元婚約者の行動」

増山さんは失踪の2週間前に元婚約者と結納を済ませていた。

しかし、増山さんが失踪した事にショックを受けているハズの元婚約者は、失踪した増山さんを積極的に捜そうとはしていなかったようだ。

元婚約者は失踪について、「彼女は自分の意志で失踪したのだと思う。彼女を探す理由はない。」と発言している。

更に、元婚約者は以前にトラブルがあったとされる元愛人とよりを戻し、約半年後に結婚している。

 

「失踪後に掛かってきた不審な電話」

増山さんが失踪してから約1年後の1995年1月4日、増山さんの実家に増山さん本人を名乗る女性から不審な電話が掛かってきた。

増山さんの家族は、不審な電話を録音する習慣があったため、電話の内容は全て録音されていた。

この電話に出たのは増山さんの妹で、会話は以下のようなものだった。

・増山さんの妹「はい、増山です。」

・増山さんを名乗る女性「もしもし、お姉ちゃんだよ。」

・増山さんの妹「はい?」

・増山さんを名乗る女性「お姉ちゃん。」

・増山さんの妹「誰ですか?」

・増山さんを名乗る女性「お姉ちゃんだよ。」

・増山さんの妹「どちら様ですか?」

・増山さんを名乗る女性「ひとみです。」

・増山さんの妹「は?」

 

この後、電話は切れた。

警察がこの電話について調査したところ、同一局内の地元の公衆電話から掛けられていた事が分かった。

増山さんの妹も両親も、増山さんの声ではないと断言している。

誰が何のために掛けたのかは分かっていないが、電話の相手は当時50歳以上の女性と見られ、地元の福島県のなまりのある喋り方だったようだ。

地元の人間が掛けたと見られているが、この人物の特定には至っていない。

 

「捜査状況」

この事件は、テレビなどでも情報提供を呼び掛けていたが、未だ有力な情報は得られておらず、増山さんの行方も分かっていない。

増山さんの家族は現在も増山さんを捜している。

 

「増山さんの情報」

増山ひとみさんの写真
出典:南相馬警察署

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・名前:増山ひとみさん

・生年月日:昭和48年2月5日(当時21歳)

・身長:158cmくらい

・当時の体型:瘦せ型

・体の特徴:両頬にえくぼ、右の鼻もとにホクロがある

・当時の服装:胸に「BENETON」の文字の入った灰色のトレーナー、紺色のジーパン、リーガル製のベージュ色と黒色の革靴

 

 

【未解決事件】石井舞ちゃん行方不明事件 一番怪しいKとは?

【石井舞ちゃん行方不明事件】

 

石井舞ちゃん行方不明事件は、1991年(平成3年)に福島県田村郡で発生した行方不明事件である。

1991年7月24日深夜から25日早朝にかけて、福島県田村郡船引町に住んでいた石井舞ちゃん(当時7歳)が自宅で行方不明になった。

舞ちゃんは24日の午後9時頃、泊まりに来ていた母親ヨシ子さんの友人の娘2人と一緒に川の字になって寝ていた。

そして、25日午前5時20分頃、舞ちゃんと一緒に寝ていた母親の友人の娘が舞ちゃんが居ない事に気付き、行方不明になった事が発覚した。

 

「24日夜からの家族の行動」

・父親の賢一さん(当時37歳)は建設会社の専務をしていたが、建設業は朝が早いため、晩酌が終わると早々に寝るのが習慣だった。

この日は、午後9時頃に舞ちゃんの弟達と一緒に2階の洋間で寝ていた。

25日午前4時30頃、仕事のために起きた賢一さんは、閉まっていたハズの2階の玄関のカギが開いている事に気付いた。

 

・午後9時30分頃、祖父(当時73歳)と祖母(当時69歳)は、タクシーで町内のカラオケスナックに出掛けており、この時、玄関のカギは掛けたと証言している。

25日午前2時頃、カラオケスナックから帰宅した祖父母は、Kが居ない事に気付いた。

また、祖父母が帰宅した際、1階の玄関のカギが開いていた。

 

・舞ちゃんの母親のヨシ子さん(当時27歳)は、午後10時30分頃に舞ちゃん達が寝ている部屋に行き、部屋の机の上の電気を消し、寝ている舞ちゃんのタオルケットを掛け直している。

これが最後の目撃証言となっている。

その後、2階にある洗面所を使用しているが、この時、1階の玄関のドアが閉まる「バタン」という音を聞き、窓から外を見ると住み込みの従業員Kが歩いていたのを目撃した。

しかし、コンビニにでも行ったのだと思い、気にしていなかった。

この住み込みの従業員Kは、賢一さんの姪(当時17歳)の恋人だった。

姪は中学の頃、両親が離婚した事で荒れてしまい、石井さん宅で預かる事になった。

その後、暴走族に出入りするようになり、そこでKと知り合い、石井さんの会社で働くようになった。

 

・24日、ヨシ子さんの友人の娘2人(当時小学2年と4年)が泊まりに来ており、舞ちゃんと一緒に布団に入っていた。

このヨシ子さんの友人の2人の娘が、犯人と思われる人物と舞ちゃんが失踪直前に話していたのを聞いている。

 

「住み込み従業員Kの行動」

Kは事件の約半年前から住み込みで働いていた。

24日、Kは恋人の姪と一緒に旅行に行く計画を立てていたが、賢一さんに仕事を入れられたため、旅行をキャンセルするはめになった。

夕方、Kは自分の部屋で舞ちゃん達と一緒にテレビゲームをしていたが、この時、一緒にいた子がKが舞ちゃんに「夜の12時に一緒に遊びに行こう」と言っていたのを聞いている。

その後、午後9時頃にKの部屋の電気が消えたが、Kが寝ようとしていたかは分かっていない。

午後10時30分頃、Kは友人に会うために自分の車で郡山に行こうとしたが、バッテリーが上がっていたため辺りをぶらつき、その後船引駅に向かったが、最終電車が出てしまっていたため、タクシーで郡山に向かった。

しかし、約束の場所に友人が現れなかったため、デパートのベンチで一夜を明かす事になってしまった。

その後、午前5時20分発の始発に乗り、午前6時30分頃に帰宅している。

 

Kは日ごろからシンナー遊びをしており、賢一さんに酷く怒られた事があったようだ。

その事を恨んでの犯行ではないかという噂もあるようだが、真相は分からない。

 

「舞ちゃんの行動」

舞ちゃんは24日の昼間、外でプール遊びをしていた。

夕方からはKの部屋で一緒にテレビゲームをして遊んでいた。

そして、午後9時頃、泊まりに来ていた母親ヨシ子さんの友人の娘2人と一緒に川の字になって寝ていた。

 

・舞ちゃんの性格

舞ちゃんは夜中に1人でトイレにも行けないほどの怖がりだった。

どこかに出掛ける時は、メモを残す習慣もあったようだ。

そんな舞ちゃんが夜中に突然居なくなるのは不自然で、何者かに強引に連れ出された可能性が高い。

また、舞ちゃんが服を着替えた様子はなく、靴も玄関に残されていた。

 

「警察の捜査」

福島県警と三春署は捜査本部を設置し、捜査を開始した。

7月26日には舞ちゃんの顔写真も公開した。

事件発生から1ヶ月で延べ3,900人の捜査員を投入し、半径6kmを重点に捜査した。

聞き込み捜査は、一般住民470世帯の2,500人、同業者などは490人、通行車両250台、通行人50人に行われた。

現場からは石井家に住む人物以外の指紋や足跡は発見されず、外部から侵入した形跡もなかった。

警察犬も投入したが、警察犬は1階の玄関先で立ち止まってしまった。

その後、舞ちゃんの両親や祖父母、Kに疑惑が向けられた。

 

 

「Kの取り調べ」

犯行時刻とされる24日の深夜から25日の朝にかけ、最も怪しい行動をしていたKが事件の真相を知っているのではないかと疑われ、2週間に渡り拘留され取り調べを受ける事となった。

Kは24日午後10時半頃、自分の車で郡山の友人に会いに行こうとしたが、バッテリーが上がっていたため、タクシーで郡山に向かったと証言しているが、結局友人には会えずKの目撃情報もなかった事で、Kにはアリバイがなかった。

しかし、その後Kを乗せたというタクシー運転手が現れたため、アリバイが証明され、釈放される事となった。

 

Kは舞ちゃんが失踪した後に「奇跡の扉 TVのチカラ」という日本で発生した未解決事件について、生放送で情報を呼び掛ける番組に出演しているが、この時Kは番組内で「時が来たら真実を話します。」という不可解な発言をしている。

また、釈放後に恋人である姪に対し、「みんなが探しているところに舞ちゃんはいない。」という発言もしている。

しかし、この発言で警察が動く事はなく、発言の真相は分かっていない。

 

舞ちゃんの父親の賢一さんは、「犯人はK以外に考えられない。」と発言しており、Kが釈放された後もKを強く疑っていたようだ。

タクシー運転手の「事件当日夜にKさんを乗せた」という証言に対しても、「Kにはきっと共犯者がいたんだ。」と語り、Kを疑い続けた。

 

「目撃情報」

石井さん宅の近所に住む人が、24日午後11時頃に近所で不審な白い車を目撃している。

その白い車はボンネットを開けた状態で停車しており、翌朝には無くなっていたという。

警察は、この白い車が事件に関係していると見て行方を追っていたが、結局見つける事はできなかった。

 

「時効が成立」

賢一さんは犯人が逮捕されない事で、自分自身で犯人捜しを始めた。

建設会社を畳み、四六時中Kを監視し続けていたようだ。

また、福島県だけでなく首都圏にも足を運び、ビラを配るなどして情報提供を呼び掛けていた。

しかし、Kが犯人である証拠を掴む事ができず、そのうちKの顔を見るのも嫌になり、諦めてしまったようだ。

そして、2006年7月24日に時効が成立してしまった。

舞ちゃんの行方は現在も分かっていないようだ。

 

 

【未解決事件】山形県の3つの迷宮入り事件

【村山市郵便局強盗事件】

 

村山市郵便局強盗事件は、2012年(平成24年)に山形県村山市で発生した強盗事件である。

2012年4月17日午後2時10分頃、山形県村山市富並にある大高根郵便局にナイフのような物を持った男が押し入り、郵便局員を脅し、現金約190万円を奪い逃走した。

郵便局内の防犯カメラに残った犯人の映像をもとに、これまで延べ2万6,800人の捜査員を投入し、逃げた男の行方を追っているが、未だ犯人逮捕には至っていない。

村山警察署は、防犯カメラに映った犯人の映像を公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

村山警察署

電話:0237-52-0110

フリーダイヤル:0120-204-853

 

「犯人の画像と特徴」

村山市郵便局強盗事件の犯人の画像1
出典:村山警察署
村山市郵便局強盗事件の犯人の画像2
出典:村山警察署

 

犯人の特徴

・当時の年齢:20~30歳代くらい

・身長:172~176cmくらい

・当時の服装など:肩から袖に白っぽいラインが入った茶色のウインドブレーカー、白いマスク、青色系のタオルを頭に巻いていた

 


【天童市ひき逃げ事件】

 

天童市ひき逃げ事件は、2015年(平成27年)に山形県天童市で発生したひき逃げ事件である。

2015年2月15日午後11時前、山形県天童市小路1丁目の市道で、天童市老野森3丁目にある商店を経営していた早川和男さん(当時80歳)が倒れているのが発見された。

早川さんは意識不明状態で、車がぶつかった痕跡が見られた事から、山形県警はひき逃げ事件と断定し、捜査を開始した。

現場はJR天童駅前を南北に走る大通りから1本東側に入った市道で、夜間の車の通行は少ない道だった。

車のブレーキ痕が全くない事から、逃げた車は早川さんを跳ねた後、一度も止まる事なく走り去っており、悪質性が高い。

現場の遺留品が少なく、早川さんが深夜になぜ現場を歩いていたのかなどの詳しい事は分かっていない。

警察は16日から18日の午後9時頃から、現場付近で事件発生時刻と同じ時間帯に検問を行い、通行車両を調べたが、犯人に結び付くような有力な情報は得られなかった。

犯人は現在も逮捕されておらず、山形県警は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

天童警察署

情報提供専用ダイヤル:0120-101-793

 

 


【米沢市少年行方不明事件】

 

米沢市少年行方不明事件は、1996年(平成8年)に山形県米沢市で発生した失踪事件である。

1996年8月6日午前11時頃、山形県米沢市入田沢の国道121号線沿いにある畑で草刈り作業をしていた塚田貴丸さん(当時18歳)が行方不明になった。

塚田さんは山形具米浪市口田派にある心身障害者作業所に通っており、畑はこの施設が所有している畑だった。

塚田さんは指導員らと一緒に草刈り作業をしていたが、指導員が目を離した30分ほどの間に姿を消した。

その後、指導員達は国道沿いを35kmに渡って捜索したが、塚田さんを発見する事はできなかった。

地元では「塚田貴丸さん探す会」が結成され、インターネットやテレビを使って捜索したが、有力な情報を得る事はできなかった。

秋田県大潟村で塚田さんを見たという目撃情報も寄せられたが、塚田さん発見には至らなかった。

塚田さんの行方は現在も分かっておらず、米沢警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

米沢警察署

電話:0238-26-0110

 

「塚田さんの情報」

行方不明になった塚田貴丸さんの画像
出典:米沢警察署

 

・名前:塚田貴丸(つかだ たかまる)さん

・当時の年齢:18歳

・当時の体型など:身長173cm、痩せ型、色黒

・体の特徴など:右前歯が1本欠けている、知的障害があり上手く会話ができない、自分で名前や住所が言えない時があるが返事はできる、腰を引くように内股で歩く、自転車に乗れる

・当時の服装:からし色の長袖のポロシャツ、黒色のトレパン、黒色の長靴、ジーンズ野球帽(タカマルと記名している)、持ち物無し

 

【未解決事件】秋田市で発生した八橋事件と太平八田事件の真相

【八橋事件】

 

八橋事件は、2002年(平成14年)に秋田県秋田市で発生した殺人事件である。

2002年7月22日夜、秋田県秋田市八橋地内で貸金業を営んでいた増山晴雄さん(当時72歳)が、自宅で何者かに刃物で刺され死亡した。

1階にいた妻の良子さん(当時51歳)が、2階から晴雄さんの「ギャー」という悲鳴を聞き、2階に行こうとしたところ、階段の踊り場で犯人と見られる男を目撃した。

そして、良子さんが2階に上がると、腹部を2ヵ所刺され仰向けで血まみれになって死亡している晴雄さんを発見した。

良子さんは「泥棒」と叫びながら隣の家に駆け込み、午後8時50分に隣の家の住民が警察に通報した。

この日、晴雄さんは午前中にかかりつけの病院に行き、昼以降は自宅にいた。

妻の良子さんは午後から1時間ほど買い物に出掛けているが、その間は義理の弟が自宅におり、顧客の出入りがあった事は確認している。

晴雄さんは事件直前、自宅の1階で良子さんとテレビを見たり、独立して東京にいる息子に電話を掛けたりしていた。

そしてその後、晴雄さんが2階の窓を閉めに行くために階段を上がったところで犯人と遭遇し、襲われたと見られている。

司法解剖の結果、晴雄さんの死因は刃物が心臓を貫通した事による失血死だった。

晴雄さんは妻の良子さんと2人暮らしで、30年以上貸金業を営んでおり、最初は秋田市内にビルを構え、個人や中小企業の事業主に貸し付けを行っていたが、10年ほど前から自宅に事務所を移動し、1階のダイニングで商談などを行っており、社長は義理の弟が務めていた。

 

事件当時、自宅の玄関は施錠されていたが、1回の居間と2階の部屋の窓は無施錠だった。

午後5時10分頃、義理の弟が2階に上がった時は異常はなかったという。

自宅には警備会社の警備システムを付けていたが、就寝時以外は作動させていなかった。

警察は、2階の窓から侵入するのは困難なため、1階から侵入したのではないかと見ている。

家の東側にある植え込みの一部から人の足跡が見つかり、南側からも足跡が見つかっている。

2階の東側にあるベランダからは、靴下の跡と靴の跡が見つかっている。

犯人は家に侵入し、2階を物色した後に晴雄さんを殺害したと見られている。

また、玄関まで晴雄さんの血痕が残っている事から、犯人は玄関から逃走したと見られている。

現在も犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、秋田中央署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

秋田中央警察署捜査本部

018-835-1111(代表)

警察本部捜査第一課

018-863-1111(代表)

 

「犯人の遺留品」

・犯人が履いていた靴は、兵庫県神戸市須磨区にあるメーカーが、1996年1月から2000年12月にかけて製造していたウォーキングシューズで、全国で5、6万足販売されている。

サイズは24.5cmで、ベロの部分に茶色で「INSISTED」と書かれている。

 

・凶器に使用された刃物は発見されていない。

 

「目撃証言など」

・事件当日の午後8時前、近所の住民が近くの砂利道に停まっていた黒っぽい乗用車を目撃している。

 

・晴雄さん宅付近に停まっていた乗用車が、一時停止を無視して新国道方向に猛スピードで走り去るのを、近所の住民が目撃している。

 

・事件直前に酔っ払いが騒いでいるような大きな声を、近所の主婦が聞いている。

 


【太平八田事件】

 

太平八田事件は、2002年(平成14年)に秋田県秋田市で発生した殺人放火事件である。

2002年12月24日未明、秋田県秋田市太平八田地内にある民家が全焼し、焼け跡からその家に住んでいた伊藤ミヱさん(当時69歳)の遺体が発見された。

伊藤さんの首にはビニールテープ状の紐の一部が付着しており、死因は首を絞められた事による窒息死だった。

何者かが23日から24日未明にかけて伊藤さんを絞殺し、その後家に放火して逃走したと見られている。

未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、秋田東警察署はチラシを配るなどして情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

秋田東警察署捜査本部

018-825-5110(代表)

警察本部捜査第一課

018-863-1111(代表)

 

「秋田東警察署が作成したチラシ」

太平八田事件のチラシ
出典:秋田東警察署

 

 

未解決事件 宮城県編

【志津川夫婦殺人事件】

 

志津川夫婦殺人事件は、2002年(平成14年)に宮城県志津川町で発生した殺人事件である。

2002年5月3日早朝、宮城県志津川町(現在の南三陸町)竹川原地内にある住宅に住んでいた工務店経営者の佐藤茂義さん(当時61歳)と妻のたけ子さん(当時59歳)の2人が自宅で死亡しているのが発見された。

発見したのは牛乳配達の男性で、夫の茂義さんは1階居間のソファーに座ったまま血まみれで死亡しており、妻のたけ子さんは1階の勝手口の外で血まみれで死亡していた。

たけ子さんの近くには、コードが引きちぎられた電話機の本体が転がっており、そのコードが首に巻き付いた状態で、激しく殴られた跡も見られた。

2人とも首や胸などを刃物で数回刺されており、茂義さんの首には刃物で脅された時についたと見られる浅い傷があり、あごにも複数の切り傷があった。

茂義さんは、妻のたけ子さんと2人暮らしで、茂義さんはこの事件の4年前に脳梗塞を患い車椅子生活となり、一時は話す事も不自由になっていた。

そして、2ヶ月前に鳴子町にあるリハビリ施設から退院し、10日ほど前から仕事に復帰したばかりで、工務店の実質的な経営は近くに住む次男が常務として行っていた。

病気の影響で普段から居間のソファーで寝ており、入院中はたけ子さんが送迎するなど熱心に看護していた。

 

司法解剖の結果、死亡推定時刻は3日の午前3時から午前5時くらいと見られ、茂義さんの死因は腹部に背中に突き抜けるほどの致命傷を負った事による失血死で、たけ子さんの死因は窒息死だった。

凶器に使用された刃物は、鋭利で刃渡りが20cmくらいの物と見られているが、刃物は発見されなかった。

また、遺体発見時、台所と洗面所の水が出っぱなしになっており、犯人が返り血を洗い流したと見られている。

 

犯人は、堀や垣根で外からは死角になる1階の納戸の、高さが1.5mある窓ガラスを割り、そこから侵入し、たけ子さんが普段使用していた草刈り機を使用してガラスを割ったと見られている。

犯人が侵入した窓の真下には、茂義さんの母親が使用していたベッドが置いてあったが、半年前に歌津町にある老人ホームに入所していたため、母親が一時帰宅した時以外はほとんど使用されていなかった。

この部屋は居間から一番離れた所にあるが、警察は犯人がこの部屋が普段使用されていなかった事を知っていたのではないかと見ており、この家の事情に詳しい人物の犯行ではないかという見方もある。

納戸から居間に行くまでの廊下には、犯人が履いていたと見られる運動靴の足跡が残されており、その足跡は迷う事なく茂義さんがいた居間まで続いていた。

足跡が1種類しかなかった事から、警察は単独犯による犯行と見ている。

また、家の裏にある空き地にも同じ運動靴の足跡が残されていた。

 

「犯人の遺留品や盗まれた物」

・自宅の外で犯人が使用したと見られる軍手の片方が発見された。

また、犯人が窓ガラスを割る時に使用したと見られる草刈り機は、窓の近くで発見された。

 

・たけ子さんがいつも貴重品を入れて持ち歩いていた手提げ袋が無くなっていた。

この手提げ袋は、黒地の柔らかい合成皮革製で、金色のリボンの模様が全体に描かれている。

中には財布が入っていたが、財布ごと無くなっていた。

この他に無くなっていた物はなかった。

 

「捜査の状況」

これまで数百人が捜査対象となっているが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

南三陸警察署は、この事件のポスターを作成し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

宮城県警察本部捜査第一課

022ー221ー7171

南三陸警察署

0226ー46ー3131

 

「南三陸署が作成したポスターと現場の地図」

志津川夫婦殺人事件のポスター
出典:南三陸警察署
志津川夫婦殺人事件の現場の地図
出典:南三陸警察署

 


【岩沼市女性殺人事件】

 

岩沼市女性殺人事件は、2012年(平成24年)に宮城県岩沼市で発生した殺人事件である。

2012年3月30日午前11時25分頃、宮城県岩沼市字梶橋に住んでいた長田クニ子さん(当時65歳)が、自宅玄関内のたたき部分で死亡しているのが発見された。

長田さんは、首の右側を3~4回切られ、座り込むように死亡していた。

長田さんの姿が最後に目撃されたのは、遺体が発見される前々日の3月28日午後5時半頃で、それから遺体が発見されるまでの間に被害に遭ったと見られている。

 

玄関周辺には血痕の他に、犯人が運動靴で血を踏みつけたと見られる足跡が複数残されており、その足跡は玄関先から外に向かう途中で消えていた。

血液反応は玄関のドアノブや室内からも検出されており、犯人が28日の夕方以降に長田さん宅を訪れ玄関で殺害後、部屋に侵入し、玄関の外側からカギをかけ逃走した可能性もあると見られている。

発見時、玄関は施錠されていたが、カギは発見されていない。

室内を物色した跡は見られず、長田さんが外出時に使用していたバッグもあった。

 

近所の住民によると、長田さんは貸金業を営んでいた夫を1999年に亡くして以降、1人暮らしだったそうだ。

長田さんは、仙台市若林区でスナックを経営していたが、数年前に店を閉め、生活に困っていたという情報もある。

岩沼警察署は、顔見知りによる犯行の可能性が高いと見て、金銭トラブルの有無も含め捜査を続けているが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

岩沼警察署は、長田さんの顔写真や現場の地図を公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

岩沼警察署捜査本部

0223ー22ー4341

岩沼市女性殺人事件の被害者写真と現場の地図画像
出典:岩沼警察署

 


【仙台市路上刺傷事件】

 

仙台市路上刺傷事件は、2008年(平成20年)に宮城県仙台市で発生した刺傷事件である。

2008年11月18日午前1時頃、宮城県仙台市若林区古城2丁目の歩道で、会社員の男性(当時39歳)が2人組の男に襲われ、左目を刺され意識不明の重体になるという事件が発生した。

被害男性は一命は取り留めたものの、現在も過酷な闘病生活を強いられている。

2人組の男は被害男性が持っていたショルダーバッグを奪い、二手に分かれて逃走し、1人は現場付近に停めていた車に乗って逃走したと見られている。

 

110番通報があった午前1時前、現場付近で男らが言い争っている声が聞かれており、その後現場から西の方向に向かって走る男の姿が目撃されている。

その男は被害男性が持っていたショルダーバッグに似たバッグを肩から提げていたという。

被害男性は勤務先を出る際、ビニール傘も持っていたが、この傘は発見されていない。

警察は2人組が被害男性を襲った際に、傘が左目に刺さり、ショルダーバッグと一緒に傘も持ち去った可能性があると見ている。

被害男性は午前0時過ぎまで勤務先で残業をしており、帰宅途中だった。

特にトラブルを抱えているような様子もなかったという。

現在も犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

一刻も早い犯人逮捕を願う被害男性の家族は、犯人に結び付くような有力な情報に対し、最高300万円の謝礼金を支払うようだ。

<連絡先>

若林警察署刑事第一課

0120-886-603(フリーダイヤル)

022-390-7171(代)

宮城県警察本部捜査第一課

022-221-7171(代)

 

「若林警察署が作成したポスターと犯人の特徴」

仙台市路上刺傷事件のポスター
出典:若林警察署

 

犯人の特徴

・当時の年齢:10歳代後半から20歳代くらい

・身長:170~180cmくらい

・体格:中肉

・当時の服装:作業服の上着、ダブダブの作業ズボン、頭に白いタオルを巻いていた

 

 

【未解決事件】一関市強盗殺人事件 犯人はどこから侵入したのか?

【一関市強盗殺人事件】

 

一関市強盗殺人事件は、2006年(平成18年)に岩手県一関市で発生した強盗殺人事件である。

2006年7月14日、岩手県一関市滝沢地内にある住宅から、首に電気コードのような物を巻かれ死亡している男性の遺体が発見された。

死亡していたのは、その家に住んでいた及川正雄さん(当時59歳)で、発見したのは同居していた母親だった。

及川さんは両親と3人暮らしで、その日なかなか起きてこない及川さんの様子を母親が部屋に見に行ったところ、ベッドの上で倒れている及川さんを発見し、119番通報した。

 

前日13日、及川さんは夕方から一関市内に出掛け、行きつけの飲食店で酒を飲んでいた。

その後、午後10時半頃にタクシーで帰宅し、2階の寝室で着替えたと見られている。

及川さんの部屋には何者かに荒らされた形跡があり、財布や金庫などが無くなっていた。

犯人は、どこから侵入したのだろうか?

警察は強盗殺人事件として懸命に捜査を続けているが、未だ犯人は逮捕されていない。

一関警察署は、盗まれたと見られる財布や金庫などの情報を公開し、情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

一関警察署刑事課

0191-21-0110(代表)

岩手県警察本部捜査第一課 強行犯係

019-653-0110(代表)

 

「現場の地図」

一関市強盗殺人事件の現場の地図
出典:一関警察署

 

「事件のチラシ」

一関市強盗殺人事件のチラシ
出典:一関警察署

 

 

【未解決事件】青森県の3つの迷宮入り事件と時効成立事件

【八戸市女子中学生刺殺事件】

 

八戸市女子中学生刺殺事件は、1993年(平成5年)に青森県八戸市で発生した女子中学生刺殺事件である。

1993年10月27日、青森県八戸市城下4丁目に住んでいた中学2年生の女子生徒(当時14歳)が自宅で何者かによって刺殺された。

遺体を発見したのは病院での仕事を終え帰宅した母親で、母親が帰宅した際、玄関と居間、風呂場の脱衣所の3ヶ所の窓が開いたままになっていた。

女子生徒は口に粘着テープを貼られ、両手は後ろ手に粘着テープで縛られ、仰向けの状態で発見された。

上半身には学校のジャージとパーカーを着ていたが、下半身は裸で、その上に座布団がかけられていた。

しかし、乱暴されたような形跡は無かった。

下半身に身に着けていたと思われるトレーナーのズボンと下着は頭の右横に落ちており、右足の横には自宅で使用していた包丁が落ちていたが、包丁には血痕も犯人の指紋も付いていなかった。

室内に物色された形跡は無かったが、玄関のガラス戸が割れ、ガラスの破片が外に向かって飛び散っていた。

 

女子生徒の自宅は住宅密集地の細い路地を入った所にあり、犯行は短時間のうちに行われたと見られる。

青森県警は12万人の捜査員を投入し、重要参考人を含めた約600人を事情聴取した。

当初、犯人は直ぐに逮捕されると思われていたが、犯人に結び付くような有力な情報を得る事はできなかった。

そして、2008年10月27日午前0時、殺人罪の公訴時効が成立し、未解決事件となった。

 

「女子生徒の遺体状況や死因」

・左足や右ふくらはぎ、左膝などに数ヶ所の傷があった。

・心臓を貫通する刺し傷が致命傷となった。

・死因は失血死だった。

 

「犯行の状況」

・女子生徒は午後6時頃に帰宅し、母親は午後6時23分に帰宅しているので、犯行は20分ほどの間に行われている。

 

・女子生徒は犯人から逃げるために玄関まで行き、膝で玄関のガラス戸を割った後に犯人に捕まり、部屋まで引きずり戻されたと見られている。

 

・殺害場所となった寝室と玄関近くの廊下の1ヶ所だけに血痕が付いていた。

廊下の血痕は、犯人が部屋に引きずり戻す際に女子生徒の心臓を刺した時に付いたと見られている。

 

・午後6時15分から午後6時20分頃に、近所の住民がガラスの割れる音と「助けて」という叫び声を聞いているため、午後6時15分から午後6時23分の短時間の間に殺害された可能性がある。

 

「遺留品」

マイルドセブンライトのタバコの吸い殻が2本と缶コーヒーの缶が1本、布製粘着テープが残されており、いずれも遺体が発見された寝室の隣の部屋のコタツの上にあった。

女子生徒の家族は誰もタバコを吸わないため、犯人が吸ったものと思われる。

青森県警は1995年度までDNA型鑑定を導入していなかったため、タバコの吸い殻に付着した犯人の唾液からDNAを検出する事は出来なかった(47都道府県の中で導入が最も遅い部類)。

缶コーヒーの缶は灰皿代わりに使われており、犯人の指紋は検出されなかった。

布製粘着テープは女子生徒の口に貼られていた物と同じで、日東電工社製の布製粘着テープと見られている。

 

「目撃情報」

・犯行時刻頃に現場付近から走り去る中年の男を近所の住民が目撃している。

 

・午後6時30分頃、女子生徒宅の斜め後ろにある駐車場から軽自動車が走り去るのが目撃されている。

車種は1990年から1993年型の三菱の黄色のミニカトッポ。

この車は同年8月頃から無断で駐車されていたが、事件後は全く見られなくなり、所有者も分かっていない。

 


【むつ市女性殺人事件】

 

むつ市女性殺人事件は、2005年(平成17年)に青森県むつ市で発生した殺人事件である。

2005年6月16日午後3時20分頃、青森県むつ市川内町に住んでいた女性(当時77歳)が自宅で何者かによって殺害された。

遺体を発見したのは被害女性の弟(当時48歳)で、被害女性は1階にある寝室の布団の上でうつ伏せの状態で倒れていた。

司法解剖の結果、死因は窒息死で、首には紐のようなもので絞められた跡が残っていた。

殺害に使用された紐は室内にあった電気コードではないかと見られている。

また、体の一部には擦り傷があり、室内からは血痕も発見されている。

室内には物色した形跡などはなく、現金や財布も残されていた。

 

被害女性は子供の頃から聴力障害があり、国民年金の障害基金の給付を受けていた。

大人しい性格で優しいと評判で、近所のトラブルなども無かった。

 

被害女性が住んでいた場所は、山に囲まれた50世帯ほどが住む閑静な集落で、地縁や血縁が強い地域だった。

地縁や血縁が強い地域では、事件について何かを知っていても隠す事は珍しくないようで、警察の情報収集が困難になる場合もあるようだ。

これまで犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、むつ警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

むつ警察署

電話:0175-22-1321

 

「事件現場の地図」

むつ市女性殺人事件の現場の地図
出典:むつ警察署

 


【つがる市男性殺人事件】

 

つがる市男性殺人事件は、2007年(平成19年)に青森県つがる市で発生した殺人事件である。

2007年2月19日午後2時45分頃、つがる市下牛潟町に住んでいた、現職のつがる市議会議員で消費者金融会社などを経営していた男性(当時55歳)が、自宅で何者かによって殺害された。

被害男性は、寝室で鈍器のような物で頭を殴られた後に首を絞められて殺害されていた。

凶器は見つかっておらず、押し入れなどには物色された形跡が残っていた。

 

警察はこれまでに10万人以上の捜査員を投入して捜査をしているが、犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

つがる警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

つがる警察署

電話:0173-42-3150

 

「事件現場の地図」

つがる市男性殺人事件の現場の地図
出典:つがる警察署

 


【おいらせ町コンビニ強盗事件】

 

おいらせ町コンビニ強盗事件は、2013年(平成25年)に青森県上北郡おいらせ町で発生したコンビニ強盗事件である。

2013年10月24日午前0時10分頃、青森県上北郡おいらせ町緑ヶ丘3丁目にあるコンビニエンスストアに、刃物のような物を持った覆面の男が押し入り、金を要求する事を書いた紙を見せて店員を脅し、何も取らずに逃走した。

犯人は現在も逮捕されておらず、三沢警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

三沢警察署

電話:0176-53-3145

 

「犯人の特徴と防犯カメラの映像」

・年齢:不明

・身長:170~175cmくらい

・体型:中肉

・当時の服装など:灰色のパーカー、黒色のジャージズボン、灰色の布様で覆面、肩掛けのショルダーバッグ

おいらせ町コンビニ強盗事件の犯人の画像
出典:三沢警察署