【未解決事件】愛媛県の迷宮入り事件と2つの時効成立事件

【大洲市長浜町女性放火殺人事件】

 

大洲市長浜町(おおずしながはまちょう)女性放火殺人事件は、2004年4月13日に愛媛県大洲市で発生した放火殺人事件で、犯人は未だ逮捕されていない。

2004年4月13日午前1時過ぎ、大洲市長浜町の民家から出火し全焼した。

この民家の焼け跡から住んでいた会社員の女性(当時52歳)の遺体が発見された。

被害者は出火の直前に「下の階に誰かいる」と長女に電話しており、その後家から出火し全焼した。

その後の目撃情報や現場の状況から、犯人は被害者の家に侵入し、灯油を撒いた後、沖浦公園方面へ逃走している事が分かっている。

この事件は、有力情報に謝礼金を支払う捜査特別報奨金制度の対象になっていたが、後に外された。

愛媛県大洲警察署は、2019年現在も情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

大洲警察署

電話:0893-25-1111(代表)

 


【予讃線事件】

 

予讃線事件は、1949年に発生した列車転覆事件である。

1949年5月9日午前4時23分、香川県高松市の高松桟橋(さんばし)駅を出発し愛媛県の宇和島駅に向かっていた予讃線準急第一旅客列車が、愛媛県温泉郡難波村(現在は愛媛県松山市北条)の浅海駅付近にある北条町難波大浦の切通しカーブに時速55km程で差しかかったところ、機関車が転覆した。

そして列車はそのまま約40m突進し続け、右側の丘に激突した後、120度急旋回し高さ8mの崖に乗り出して停止した。

更に、炭水車と2両の客車が続いてL字型に脱線し、機関助士ら3名が胴体切断及び全身火傷で死亡し、別の機関士1名は自力で這い出し奇跡的に生還した。

 

その後の現場検証により、継ぎ目板2カ所4枚、ボルト8本、犬釘7本が故意に抜き取られ、レールも75mmずらされていた事が分かっている。

そして、現場付近にはローマ字が刻印されたバール・スパナが残されており、国鉄で使用されていた物ではない事が判明した。

犯行手口が高度な事もあり、単独犯によるものではなく、5~6人による犯行と見て捜査したが、事件の真相が判明せず未解決事件となった。

 

3ヶ月後にも松川事件と呼ばれる同様の事件が発生したが、この事件も未解決となっている。

そして、1964年5月9日に列車転覆致死罪の公訴時効が成立した。

 


【松山看護学生殺人事件】

 

松山看護学生殺人事件は、1984年7月に愛媛県松山市で発生した殺人事件である。

1984年7月15日、愛媛県松山市内のアパートに住んでいた愛媛県立公衆衛生専門学校看護婦第二科の2年生だった毛利久美代さん(当時19歳)が、自室内の布団の上で何者かにより首を絞められて死んでいるのを部屋を訪れた友人により発見された。 

毛利さんは事件発生の約3ヶ月前から同アパートで独り暮らしを始め、事件前日の7月14日の夕方に、バレーボール部のコンパに出席し、翌15日午前2時半頃に帰宅していた。

死亡推定時刻は、15日の午前3~5時頃と見られており、犯人は外付け階段からひさしを伝って無施錠の窓から侵入し、就寝中の毛利さんを殺害した後、玄関から逃走したものと思われる。

室内に荒らされた形跡はなかった。

 

毛利さんの交友関係にトラブルがない事や、部屋が荒らされていない事などから、変質者の犯行と見て捜査していた。

警察は事情を聞いた3,300人のうちから数十人に絞って捜査を続けたが、目撃情報がなく、遺留品が少ない事などから真相に辿り着けなかった。

そして、1999年7月15日に時効が成立し、未解決事件となった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です