未解決事件 京都府編

【王将社長射殺事件】

 

王将社長射殺事件は、2013年(平成25年)に王将の社長が射殺された事件である。

2013年12月19日、京都市山科区の王将本社前にて当時社長をしていた大東社長が、自身の自動車付近に心肺停止状態で倒れているところを発見された。

その後、病院に搬送され死亡が確認された。

この日、大東社長は午前5時半頃に自家用車で自宅を出発し、午前5時45分頃に王将本社の駐車場に車を止めて降りたところを待ち伏せしていた何者かによって射殺されたと見られている。

犯行に使用された拳銃は、小型の25口径の自動式拳銃で、至近距離から4発も撃たれ、その全てが急所に命中していた。

 

2014年6月までに、捜査本部に300件を超える情報提供が寄せられ、犯人が逃走するためにバイクを使用した可能性が強まったが、犯人に結び付く有力な情報は得られなかった。

そして2015年12月、現場付近から発見された遺留品から検出されたDNA型が九州の暴力団員のものと一致したため、九州方面を集中的に捜査したが、犯人の特定には至らなかった。

この暴力団員は、福岡県警北九州地区暴力団犯罪捜査課から追われている人物で、工藤会組員と見られているが、今現在も逮捕には至っておらず、山科警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

山科警察署

電話:075-575-0110

 


【京都精華大学生通り魔殺人事件】

 

京都精華大学生通り魔殺人事件は、2007年(平成19年)に京都市左京区で発生した殺人事件である。

2007年1月15日午後8時前、京都精華大学マンガ学部の1年生の男性(当時20歳)が、大学からの帰宅途中に、京都市左京区岩倉幡枝町の歩道で鉢合わせした男と口論になり、この男に刃物で全身十数ヶ所を刺され死亡した。

刺された直後はまだ意識があり、第一発見者の通行人に通報を頼み、その後病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。

 

第一発見者の証言によると、第一発見者が事件現場を自転車で通りかかった時、不審な男が畑に背を向けて車道に座り込んでおり、その後ろにある畑に人が倒れているのを目撃したという。

現場は叡山電鉄木野駅から南に100メートルほど行ったところにある閑静な住宅街で、犯人の男は被害者に向かって「アホ」・「ボケ」と繰り返し叫び、興奮していたという。

犯人と被害者は自転車の通行の事で口論になったと見られている。

被害者は事件直後に現場に到着した警察官に、「犯人は面識のない人だった」と述べている。

被害者の友人は、被害者のトラブルなどの話はこれまで聞いたことがなく、明るい性格でクラスでもリーダー的な存在だったと話していたという。

 

犯人は現在も逮捕されておらず、警察は情報提供を呼び掛けており、捜査特別報奨金制度の対象にもなっている。

<連絡先>

下鴨警察署 「左京区岩倉幡枝町における殺人事件捜査本部」

電話:075-703-0110(代表)

 

「犯人の特徴」

・年齢:20~30歳くらい

・身長:170~180cmくらい

・靴のサイズ:28~29cm

・髪型:ボサボサのセンター分け

・当時の服装:黒っぽい上下

・乗っていた自転車:ママチャリ風

・態度など:目の焦点が合っていなかった

 

犯人の似顔絵

京都精華大学生通り魔殺人事件の犯人の似顔絵
出典:下鴨警察署

 

犯人が乗っていた自転車と履いていた靴の特徴

京都精華大学生通り魔殺人事件の犯人の自転車と靴の特徴
出典:下鴨警察署

 

「現場の地図」

京都精華大学生通り魔殺人事件の現場の地図
出典:下鴨警察署

 


【長岡京ワラビ採り殺人事件】

 

長岡京ワラビ採り殺人事件は、1979年(昭和54年)に京都府の山中で主婦2人が殺害された事件である。

1979年5月23日、京都府長岡京市の山中にワラビ採りに出かけた主婦2人が消息不明となり、2日後の25日に山頂付近で遺体で発見された。

この2人の主婦は、長岡京市内のスーパーマーケットでパートをしており、仕事が終わった後に2人でワラビ採りに出かけたと見られている。

当時の年齢は43歳と32歳で、死因は1人が絞殺、1人が刺殺によるものだった。

検死の結果、死亡推定時刻はいずれも正午過ぎから午後2時半頃と判明しており、2人が持っていたリュックサックには空の弁当箱とワラビ、財布が入っていた。

また、1人の主婦の服のポケットから「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」と鉛筆で書かれた勤務先のスーパーのレシートが発見された。

しかし、2人の衣服からもリュックサックからも鉛筆は見つかっておらず、殺害現場から少し離れたところから折れた鉛筆の芯の先端だけが発見されている。

主婦の1人は全身を30ヵ所以上も殴打され、肋骨が折れ肝臓が破裂しており、体内からは犯人のものと思われる体液が検出されている。

もう1人の主婦は全身を50ヵ所以上も殴打され、包丁が体に刺さったままになっていた。

殺害現場は地元の人が山菜採りによく訪れるような場所だったが、レイプ事件も発生しているところだった。

 

「容疑者に挙がった人物」

長岡京市内に住む少年が、犯行時間内に走って山から下りてくるところを目撃され、重要参考人となったが、事件当日はずっと他の場所に居た事が判明した。

また、主婦たちが殺害される1週間前に山中で主婦に声を掛けた中年男性がおり、似顔絵を作成したが身元は不明のまま。

更に、地元の不良グループの2人が事件当日の昼過ぎに犯行現場付近にいたという目撃情報があり、重要参考人として任意で事情聴取を行ったが、逮捕には至っていない。

 

「時効成立」

犯人の遺留品は主婦の1人に刺さっていた包丁1本だけで指紋も検出されず、包丁の販売ルートも掴めなかった。

その後も捜査は続いたが有力な情報は得られず、1994年5月24日、公訴時効が成立し未解決事件となった。

 


【木屋町傷害致死事件】

 

木屋町傷害致死事件は、2004年(平成16年)に京都府京都市で発生した傷害致死事件である。

2004年10月3日午前3時30分頃、京都府京都市中京区木屋町通四条上る鍋屋町の路上で、会社役員をしていた男性(当時29歳)が歩いている途中に4人組の男とトラブルになり、男達から殴る蹴るの暴行を受け、その後病院に搬送されたが、5日後に死亡した。

4人の犯人のうち3人については目撃証言があり、1人はベレー帽のようなものを被った細身の男で、2人目は短髪でガッチリ型、3人目は茶髪の長髪だったそうだ。

被害男性は、被害に遭う10分前まで近くの居酒屋で飲んでいたが、店主の話によると全く酔っていなかったようで、性格は温厚で常に笑っており、揉め事なども聞いた事がなかったという。

犯人は現在も逮捕されておらず、下京警察署は情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

下京警察署 刑事課

電話:075-352-0110

 

「犯人の情報」

犯人1

木屋町傷害致死事件の犯人の似顔絵1
出典:下京警察署

 

 

 

 

 

 

 

 

・当時の年齢:20~25歳くらい

・身長:165~170cmくらい

・体型:貧弱な感じの細身

・髪型:短髪

・当時の服装など:黒色のトレーナー、茶色のズボン、白色のスニーカー、ベレー帽のような帽子を被っていた

 

犯人2

木屋町傷害致死事件の犯人の似顔絵2
出典:下京警察署

 

 

 

 

 

 

 

 

・当時の年齢:20歳代前半くらい

・身長:170~175cmくらい

・体型:ガッチリ型

・髪型:短髪

・当時の服装:グレー系のTシャツ、ジーパン

 

犯人3

木屋町傷害致死事件の犯人の似顔絵3
出典:下京警察署

 

 

 

 

 

 

 

 

・当時の年齢:20歳代前半くらい

・身長:170cmくらい

・髪型:肩までの茶髪

・当時の服装:白色のトレーナー、黒色系のブーツ

 

犯人4

・当時の年齢:20歳代前半くらい

・見た目:学生風

 

「下京警察署が作成したポスター」

木屋町傷害致死事件のポスター
出典:下京警察署

 


【お好み焼屋「よしや」女性殺人事件】

 

お好み焼屋「よしや」女性殺人事件は、2003年(平成15年)に京都市東山区で発生した殺人事件である。

2003年5月22日未明、京都市東山区宮川町にある、お好み焼屋「よしや」の女将さんが店内で何者かに刺され死亡した。

犯人は女将さんを殺害した後、女将さんが持っていたウエストポーチの金を奪って逃走した。

女将さんは、いつもウエストポーチに売り上げや釣り銭を入れていた。

このお好み焼き屋は近所でも評判の店で、女将さんは女手一つで息子を育て、大学までやる立派な母親だった。

東山警察署は現在も懸命に捜査を続けているが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られておらず、この事件の情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

東山警察署 殺人事件捜査本部

電話:075-525-0110(代表)

 

「現場の地図」

お好み焼屋「よしや」女性殺人事件の現場の地図
出典:東山警察署

 

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