横田めぐみさん拉致事件 食い違う北朝鮮と他の証言!家族の想いは?

【横田めぐみさん拉致事件】

 

横田めぐみさん拉致事件は、1977年(昭和52年)に新潟県新潟市で発生した失踪事件である。

1977年11月15日、新潟県新潟市に住んでいた中学1年の横田めぐみさん(当時13歳)が、新潟市立寄居中学校からの下校途中に、自宅付近の新潟大学付属新潟小学校前(現在の中央区西大畑町)辺りで失踪した。

新潟県警は失踪直後から誘拐事件を疑い捜査していたが、何の手掛かりも見つからなかった。

その後、1997年に横田さんは北朝鮮にいるという情報が寄せられ、政府は同国による拉致被害者と認定した。

 

「横田めぐみさんに関する北朝鮮側の説明」

・横田さんは1986年に結婚し、翌1987年に娘キム・ウンギョンを出産したが、1994年4月に入院先の病院で自殺し、1997年に火葬したとしている。

2002年10月に受けた報告では1993年3月に自殺したとしていたが、その後1994年4月に自殺と訂正してきた。

しかし、北朝鮮を脱北した複数の人物の証言によると、横田さんを火葬したとされるオボンサン火葬場は1999年に建設されており、横田さんを火葬したとする1997年には存在していない。

 

・2004年11月に行われた日朝実務者協議では、横田さん本人のものであるという遺骨を北朝鮮側が提供してきたが、DNA鑑定の結果、別人のDNAが検出された。

 

・2006年6月29日、横田さんの夫とされる金英男(キム・ヨンナム)という人物が会見を行い、「めぐみは1994年に自殺した」と述べた。

横田さんの両親である横田滋さん・横田早紀江さん夫妻は、この発言に対し、「予想通りの証言。こういう事を平気で言わせる国にはらわたが煮えくり返るばかりだ」と述べた。

また、当時、内閣官房長官だった安倍晋三氏は「発言内容は信憑性がない」とした。

 

・1997年、朝鮮労働党書記の1人が、朝鮮総連を通さずに直接当時の橋本政権に、非公式に横田さんの生存を伝えたという報道がされた。

しかし、これが事実であれば、1994年4月に横田さんが自殺したという以前の説明と矛盾する。

 

「帰国した拉致被害者の証言」

日本政府が認定した拉致事案は12件で、拉致被害者の人数は計17人にのぼる。

その内5人が帰国しており、次のような証言をしている。

 

・横田さんは、1978年8月18日から1980年頃まで平壌市内で曽我ひとみさんと同居し、1984年頃に平壌郊外の中和郡忠龍里にある日本人居住地で、拉致被害者である田口八重子さんと北朝鮮の工作員女性1名と同居していた。

その後、1986年に平壌へ転居し、1994年頃まで地村夫妻や蓮池夫妻と同じ地区で暮らしていたとしている。

 

・帰国した地村富貴恵さんの話によると、1994年6月に横田さんが隣に引っ越してきたそうだ。

しかし、北朝鮮側は横田さんは1994年4月に自殺したとしており、地村さんの話と矛盾している。

地村さんが嘘をつくとは思えないので、北朝鮮側の説明が疑わしくなる。

 

「その他の証言や情報」

・2011年、韓国自由先進党議員の朴宣映(パク・ソンヨン)氏が、脱北者から得た北朝鮮高官の「横田めぐみは生存しており、知ってはいけないことを知りすぎたため日本に帰すことができず、他人の遺骨を日本側に渡した」という証言を日本政府に伝えている。

横田さんは北朝鮮で、金賢姫(キム・ヒョンヒ)の同僚工作員の金淑姫(キム・スクヒ)に日本語の指導を行っていたとされており、金正恩(キム・ジョンウン)の母親が早くに亡くなった事で、横田さんが金正恩を育て上げたという説もある。

北朝鮮の元工作員の金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏の話によると、横田さんは北朝鮮が公開したくない情報や公開されては困る情報や秘密を知っているため、死亡した事にされ、解放されないのではないかという事だ。

 

・週刊朝鮮の報道により、2005年に作成された北朝鮮平壌市民名簿に横田めぐみと見られる記載があった事が確認されている。

 

・横田さんの失踪直後、横田さんの自宅近くの日本海の方から、暴走族が発する爆音に似た音を多くの近隣住民が聞いている。

ジャーナリストの石高健次氏はこの音を、1971年の加賀市沖不審船事件と同様に、不審船から発せられた船舶用ディーゼルエンジンの音ではないかと推測している。

 

・中国では横田さんに関し、彼女は病死したのではなく、事故死でも自殺でもなく、処刑され、骨は他の処刑者と一緒に火葬した事で行方が分からないため、別人の骨を提供したのではないかという見方もされているようだ。

 

「北朝鮮が日本人を拉致する目的」

北朝鮮の前最高指導者だった金正日(キム・ジョンイル)氏は、日本人拉致の目的について次のように説明している。

・特殊機関で日本語の学習ができるようにするため

・他人の身分を利用して韓国に入るため

 

また、よど号事件の犯人である田宮高麿(たみや たかまろ)の元妻は、金正日氏から「革命のためには、日本で指導的役割を果たす党を創建せよ。党の創建には、革命の中核となる日本人を発掘、獲得、育成しなければならない」と教えられていた田宮高麿から、日本人獲得を指示されたと証言している。

 

「横田めぐみさんが北朝鮮に拉致された理由」

横田さんが北朝鮮に拉致された理由は、母親の早紀江さんが皇族の血筋を引いているからのようだ。

早紀江さんは、明治維新からの近代皇室に繋がっているのではなく、長州の田舎侍達に断絶させられた北朝系の天皇の血筋で、とびきりの貴種だそうだ。

北朝鮮はその事を知っていたから横田さんを拉致したのだろう。

 

「金正恩の母親は横田めぐみさん?」

金正恩氏の父親である金正日氏は、金日成(キム・イルソン)氏の子供ではなく、キムチェク(はたなか おさむ)と金日成氏の妻の間にできた日本人であるという噂がある。

そして、金正恩氏は金正日氏と横田さんの間にできた子供であるという噂もあるようだ。

これが事実なら、横田さんは金正恩氏の母親という事になる。

 

「横田さんの情報」

横田めぐみさんの当時の写真
出典:新潟県警察

 

 

 

 

 

 

 

 

・名前:横田めぐみ(よこた めぐみ)さん

・生年月日:1964年(昭和39年)10月5日

・当時の年齢:13歳(中学1年生)

・当時の身長:154cmくらい

・当時の体型など:中肉、丸顔

 

「横田さんの家族の想い」

横田めぐみさんが55歳になる2019年10月5日、拉致問題への関心を高めようと神奈川県川崎市中原区で、同市が主催する「拉致被害者家族を支援するかわさき市民のつどい」が開催された。

そして、横田さんの弟の拓也さん(51歳)が講演し、「拉致被害者の家族は高齢化し、時間との闘いを強いられている」と、拉致問題の早期解決を訴えた。

また、拓也さんは姉のめぐみさんについて、「家庭でも話題の中心にいて、明るく勉強が好きな姉だった。(拉致されていなければ)高校や大学に行って、家庭を築いていただろう」と語った。

更に、北朝鮮に対しては「北朝鮮には被害者全員を一括で即時完全帰国させることを求めている。拉致問題の解決がなければ、北朝鮮は明るい未来を描けない」と訴えた。

この集いには、拉致問題を担当している内閣府の大塚拓副大臣も出席しており、大塚拓副大臣は「めぐみさんの拉致から42年が経過しており、じくじたる思いがある。2002年に拉致被害者5人が帰国して以降、被害者の帰国が実現していないのは痛恨の極みだ」と述べた。

 

横田さんの母親の早紀江さんは今年で83歳で、父親の滋さんは来月の14日で87歳となり、2人とも高齢だ。

滋さんは昨年4月に体調を崩し、現在は入院しており、早紀江さんが懸命に看病を続けている。

めぐみさんと生きて会うためには、もう時間がない。

1日でも早く拉致問題が解決するのを祈るばかりだ。

<情報提供の連絡先>

新潟県警察本部 外事課

025-285-0110

新潟中央警察署 警備課

025-225-0110

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です