未解決事件 大分県編

【大分女子短大生殺人事件】

 

大分女子短大生殺人事件は、1981年(昭和56年)に大分県大分市で発生した強姦殺人事件である。

1981年6月27日深夜、大分県大分市六坊町(現在の六坊南町)にあった2階立てアパート「みどり荘」の2階の203号室に住んでいた大分県立芸術短期大学(現在の大分県立芸術文化短期大学)1年の女性(当時18歳)が殺害された。

被害女性は同短大2年の姉と一緒に暮らしており、その日は姉妹で所属する音楽サークルと、大分工業大学(現在の日本文理大学)の学生とのジョイントコンサートに参加し、コンサート終了後の打ち上げにも2人で参加していた。

午後10時半頃、1次会が終わり、姉の方は2次会に向かったが、被害女性は「お風呂に入りたい」という理由で2次会には参加しなかった。

その後、他の女子学生も含めた3人と一緒に男子学生にみどり荘近くの交差点まで送ってもらい、午後11時15分頃、彼らと別れた。

そして、被害女性が帰宅し入浴のためにガスに火をつけた直後、何者かに襲われたと思われる。

その頃、みどり荘の住人や近所の住民が「誰か助けて」という女性の悲鳴と「ドタンバタン」という物が倒れたり誰かが誰かを追い回すような音を聞いている。

しばらくすると「教えて」・「どうして」という普通の会話が聞こえてきたが、その後再び「ドタンバタン」という音が聞こえたという。

 

姉は2次会を終えて自室に泊めるつもりの友人女性と一緒に、男子学生達にみどり荘まで送ってもらい、翌6月28日午前0時30分頃に男子学生達と別れた。

2人が階段を上がり部屋のカギを開けようとすると、部屋にカギはかかっていなかった。

姉が部屋のドアを開けると、台所と6畳間の電気がついたままになっており、台所に倒れている被害女性を発見した。

被害女性はTシャツ以外は何も身に着けておらず、Tシャツは胸までまくられ、首にはオーバーオールが巻き付けられ、口から僅かだけ舌を出した状態だった。

姉は直ぐに死んでいると分かった。

その後直ぐに、近くに住む男子学生を訪ね事情を説明し、近くの公衆電話から午前0時51分に110番通報した。

 

午前1時頃、直ぐに1人の警察官が現場に到着し、遺体を確認した後、アパートの隣人に話を聞こうとドアをノックしたが、どちらの隣人も出てこなかった。

その後、みどり荘前にある空き地を捜索していると、みどり荘の2階に住む男性から「何しよるか!」と声をかけられ、その男性に事情を聞いたが、男性は「酒を飲んで寝ていて何も聞いていない」という事だった。

 

現場検証では室内に被害女性と犯人が争った形跡は見られたが、金品を物色した跡も土足の跡もなかった。

しかし、被害女性の膣内と陰毛から犯人のものと思われる精液が検出され、その精液は血液型がB型の人物のものと判明した。

 

検死の結果、被害女性は、手で首を圧迫された後にオーバーオールで首を絞められた事による窒息死である事が判明した。

 

「みどり荘の住人と近所の住人の証言」

夜が明けると聞き込み捜査が行われ、みどり荘や近所に住む住人の証言を得る事ができた。

・201号室の住人は午後10時頃ベッドに入ったが、202号室のステレオの音がうるさくて寝付けず、しばらくすると音が小さくなったので寝付いたが、「ドタンバタン」という音で目を覚まし、その後人が倒れるような音を聞いた。

その合間に女性の「どうして」という声が聞こえたと話した。

 

・みどり荘前の空き地を挟んだ東側に住む住人は、午後11時頃、床についてしばらくすると「どうして」・「教えて」という女性の声を聞いた。

その後、みどり荘の2階から「ドタンバタン」という音が2、3回聞こえたという。

 

・205号室の住人は、午後11時40分頃、部屋の電気をつけたままベッドに入り、それからどれくらい経った頃かは分からないが、「きゃー」・「誰か助けて」という女性の悲鳴で目が覚めたという。

物が倒れるような音も聞いており、どこかの部屋に痴漢でも入ったのかと思い、隣の203号室の住人に聞いてみようとパジャマで外に出て、203号室のドアをノックしたところ、中から女性の悲鳴が聞こえたので、慌てて部屋に戻り、ベッドに入ったという。

「ううっ」という声も聞こえたが、その後は普通に話す声が聞こえたので、ふざけていたのだと思い、トイレに行ってその後またベッドに入ったという。

しかし、しばらくすると「ドスンドスン」という音が聞こえ、「神様お許しください」と泣き叫ぶ声が10回ほど繰り返し聞こえ、その後静かになったが、また「カタカタ」という音が聞こえてきたので怖くなって実家に帰ろうと部屋を飛び出したそうだ。

その後、公衆電話から実家とタクシーに電話をかけ、タクシーに乗ったのが午前0時40分頃という事であった。

そして、最初に女性の悲鳴を聞いたのはタクシーに乗る15~20分前だと思うと話した。

 

「容疑者逮捕」

事件発生から約半年経った1982年1月14日、被害女性の隣室に住んでいた男(当時25歳)が容疑者として逮捕された。

容疑者の男は捜査段階から被害女性の部屋に居た事を認めていたにもかかわらず、裁判途中から無実を主張しだしたが、1989年3月の1審判決では、自白と科学警察研究所の毛髪鑑定などから無期懲役の有罪判決となった。

しかし、科警研の毛髪鑑定や福岡高等裁判所が採用したDNA型鑑定といった、犯行現場で採取された体毛と男の体毛が一致するとした鑑定結果などに多くの批判や矛盾が指摘される事となり、1994年8月に日本の殺人事件では異例の釈放となった。

1995年6月には無罪判決となり、同年7月14日に無罪が確定した。

そして、1996年6月28日に時効が成立し、未解決事件となった。

 


【大分市松岡郵便局強盗殺人事件】

 

大分市松岡郵便局強盗殺人事件は、1998年(平成10年)に大分県大分市で発生した強盗殺人事件である。

1998年3月2日夜、大分県大分市松岡の特定郵便局の通用口で、局長をしていた大津豊記さん(当時57歳)が何者かに刃物のようなもので胸や腹を刺されて殺害され、大津さんが持っていた手帳が入っていたと見られる手提げカバンを奪われた。

大津さんは心配して郵便局までやって来た家族によって発見された。

死亡推定時刻は午後10時頃と見られており、事件時の目撃情報はないという。

これまでに7,000件を超える情報が寄せられているが、犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

大分東警察署はチラシを配るなどして情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

大分東警察署 捜査本部

電話:097-527-2131

 

「事件現場の地図と奪われたカバンの画像」

 

大分市松岡郵便局強盗殺人事件の現場付近の見取図
出典:大分東警察署
大分市松岡郵便局強盗殺人事件で奪われたバッグ
出典:大分東警察署

 


【大分市会社員行方不明事件】

 

大分市会社員行方不明事件は、2016年(平成28年)に大分県大分市で発生した行方不明事件である。

2016年9月25日午後11時半頃、大分県大分市横尾の服飾関係の会社員をしていた五條堀美咲(ごじょうぼりみさき)さん(当時24歳)が、自宅アパートを訪ねてきた友人女性が帰宅した後、行方が分からなくなった。

翌26日は午後1時半から仕事だったが、無断欠勤した事で勤務先が不思議に思い、福岡県久留米市にある五條堀さんの両親宅に連絡した。

連絡を受けた両親も五條堀さんの所在を確認できなかったため、26日夜に大分県警に捜索願を出した。

 

五條堀さんは25日に友人女性が帰宅した後に、翌26日午前1時頃まで複数の友人とLINEでやり取りしている事が分かっている。

自宅アパートは施錠された状態になっており、室内に誰かと争った形跡もない事から、LINEをしていた誰かと会うために外出し、行方不明になった可能性があるという。

また、五條堀さんを霊視した占い師は、自宅アパート付近にあるファミリーマートや大銀ドーム交差点の防犯カメラなどから捜索することをツイッターで提案しているようだ。

 

大分県警は五條堀さんが事件に巻き込まれた可能性も視野に入れて捜査を続けているが、有力な情報は得られていない。

大分県警は引き続き情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

大分東警察署 捜査本部

電話:097-527-2131

 

「五條堀さんの顔写真」

行方不明になった五條堀美咲さんの写真
出典:朝日新聞

 


【大分日出町主婦失踪事件】

 

大分日出町主婦失踪事件は、2011年(平成23年)に大分県速見郡で発生した失踪事件である。

2011年9月12日、大分県速見郡日出町に住んでいた主婦の光永マチ子さん(当時35歳)が、長女を小学校に送り届けた後、行方が分からなくなった。

9月12日午前9時45分頃、小学校から長女の前歯が欠けたと連絡があり、光永さんは長女を迎えに小学校へ向かった。

午前10時頃、長女を引き取り一緒に歯医者へ行き、治療を終えた後、近くのスーパーに買い物に行った。

スーパーの防犯カメラには2人がお茶などを買う姿が映っていた。

そして午前11時30分頃、再び長女を小学校に送り届けた後、光永さんは長女に「気分が悪いから病院に行くね」と言い残したのを最後に行方が分からなくなった。

 

「失踪後、家から無くなっていた物」

・普段使っていたモノトーンポーチ

・財布などが入っていたバッグ(黒とグレーのチェック柄)

・自宅のカギ

・光永さんが使用していた車のカギ(車は残されたまま)

・光永さんが使っていた白い枕

・長女がタオルケット代わりに使っていたバスタオル

・水色のビーチサンダル

 

携帯電話は残されており、家のカギは開いたままになっていた。

警察が警察犬に光永さんのニオイを嗅がせて探させたところ、警察犬は直ぐに家の前に戻ってきてしまったという事だ。

また、自宅には鑑識などは来ず、1回警察犬を連れてきただけで簡単に処理されたそうだ。

誰かに連れ去られたのか自発的失踪なのかは定かでなく、光永さんの行方は現在も分かっていない。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です