未解決事件 埼玉県編

【熊谷市荒川河川敷男性死体遺棄事件】

 

熊谷市荒川河川敷男性死体遺棄事件は、1996年(平成8年)に埼玉県熊谷市で発生した死体遺棄事件である。

1996年1月9日午前8時30分頃、埼玉県熊谷市佐谷田にある一級河川「荒川」の左岸河川敷で、男性のものと見られる体の一部が発見された。

現場は、JR高崎線熊谷駅から南東に約1.5kmの所に位置し、熊谷市荒川第三雨水ポンプ場から南西に約100mの所に位置する一級河川「荒川」左岸河川敷内と同所の東方の借家の敷地内。

その後、同市久下にある借家の敷地内からも、同じ男性のものと見られる体の一部が発見された。

被害男性の身元は未だ不明で、犯人も特定できていない。

熊谷署は、被害男性の身元などの情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

埼玉県熊谷警察署刑事課

048-526-0110(代)

0120-754-555(フリーダイヤル)

 

「被害男性の特徴」

・当時の年齢:20~30歳代前半

・性別:男性

・血液型:A型

・着衣など:緑地に茶色柄の模様の入ったトランクスを着用していた

 

・トランクスの画像

熊谷市荒川河川敷男性死体遺棄事件の被害男性が履いていたトランクスの写真1
出典:熊谷警察署
熊谷市荒川河川敷男性死体遺棄事件の被害男性が履いていたトランクスの写真2
出典:熊谷警察署

 

「現場の地図」

熊谷市荒川河川敷男性死体遺棄事件の現場の地図
出典:熊谷警察署

 

 


【川口市南前川男性殺人事件】

 

川口市南前川男性殺人事件は、2008年(平成20年)に埼玉県川口市で発生した殺人事件である。

2008年8月17日午後9時50分頃、埼玉県川口市南前川2丁目にある、ふすま店兼住宅で1人暮らしをしていた斉藤福太郎さん(当時79歳)が、自宅の台所で両足首を透明の粘着テープで縛られ、仰向けで血だらけになって倒れているのが発見された。

発見したのは近所に住む男性らで、普段は夜になると閉まっている1階の店舗のシャッターとガラス戸が開いていたため不審に思い中に入ったところ、倒れている斉藤さんを発見した。

斉藤さんは直ぐに病院に搬送されたが、その後収容先の病院で死亡が確認された。

司法解剖の結果、斉藤さんは首や背中などを刺されており、死因は外傷性ショック死と判明した。

傷口が背中や首の後部に集中している事から、背後から襲われたと見られている。

また、斉藤さんの両足首を縛っていた透明の粘着テープの下にも血が溜まっていた事から、犯人は斉藤さんを刺した後に両足首を縛ったと見られる。

現場から100m以上に渡り、住宅街を抜けながら西方向に伸びる血のついた足跡が発見されており、その足跡は県道のある交差点付近で途切れていた。

川口署は、犯人がこの地点でタクシーに乗ったか、あらかじめ用意していた車に乗って逃げた可能性が高いと見ている。

足跡は男性用のスニーカーと見られ、斉藤さんの自宅内にあった足跡と同じ可能性が高く、単独犯による犯行と見られている。

発見時、自宅内のテレビと部屋の電気はついたままになっており、台所の棚に置いてあった黒色の2つ折りの横長財布には血痕が付着していた。

財布の中に小銭は残っていたが札は無くなっており、犯人が抜き取った可能性もある。

また、別の場所にあった財布には約2万円が入っていた。

事件当日の17日は近所で通夜があり、斉藤さんも午後6時頃に参列しており、その後事件に巻き込まれたと見られている。

現場は、JR蕨駅から東に約1.5km行った所にある商店や住宅が密集する地域で、事件発生頃、現場付近から走り去る不審な男が目撃されている。

犯人は現在も逮捕されておらず、川口署は事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

埼玉県川口警察署刑事課

048-253-0110(代)

0120-754-555(フリーダイヤル)

 

「不審な男の情報」

・当時の年齢:30~40歳くらい

・身長:175cm以上

・体型:ガッチリ型

・当時の髪型:黒色の短髪

・当時の服装など:黒色のTシャツを着ていた

 

 


【さいたま市男女殺人放火事件】

 

さいたま市男女殺人放火事件は、2001年(平成13年)に埼玉県さいたま市で発生した殺人放火事件である。

2001年5月23日午後8時5分頃、埼玉県さいたま市栄和5丁目(現在のさいたま市桜区栄和5丁目)で沖縄料理店を経営していた岡部伝二郎さん(当時64歳)の鉄骨3階建ての店舗兼住宅の2階部分から出火し、2~3階部分など100平方mが焼け、2階の焼け跡から岡部さんと中学3年の長女の沙和佳さん(当時14歳)の遺体が発見された。

岡部さんは玄関に近い浴室の脱衣所で倒れており、沙和佳さんは玄関から最も遠いベランダ近くの窓の近くで倒れていた。

岡部さん宅は、1階が沖縄料理店で2、3階が自宅になっており、通称「埼大通り」に近い住宅街で、火災発生頃は家路に向かうサラリーマンや学生などで人通りが多かった。

岡部さんは妻(当時57歳)と長女の沙和佳さんと3人暮らしで、この日は午後6時半頃に2階の居間で3人そろって夕食を食べ、午後7時頃に妻は経営する美容院から呼ばれ玄関のカギを掛けずに外出していた。

午後7時50分頃、中間テストを間近に控えた沙和佳さんに勉強を教えるために、大学生の家庭教師が岡部さん宅を訪れたが、この時は玄関にはカギが掛かっており、チャイムを鳴らしても反応がなかった。

不思議に思った家庭教師は、妻が経営する美容院に向かった。

午後8時頃、裏手でドスンという音が聞こえ、沖縄料理店の店長が見に行くと、2階から1階の物置の上に飛び降りたと見られる白い帽子を被った男が立っており、その男は「すいません」と言って立ち去ったという。

沖縄料理店の店長と従業員は、午後7時30分頃にも2階で争うような物音を聞いている。

 

「死因など」

司法解剖の結果、岡部さんと沙和佳さんの死因は、首や背中を刺された事による失血死と判明した。

岡部さんと沙和佳さんは、いずれも薄刃の包丁で切られていた。

岡部さんは首を数ヶ所、沙和佳さんは背中の右側を1ヶ所刺され、背中には包丁の折れた刃先が残っていた。

また、沙和佳さんの頭部には、犯人が故意に刺したと見られる細い金属棒があった。

2人とも煙を吸い込んでいない事から、殺害された後に放火されたと見られている。

 

「捜査状況」

浦和西署は、殺人放火事件として捜査を開始した。

「すいません」と言って立ち去った白い帽子を被った男が犯人と見て行方を追っているが、未だ犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

白い帽子の男は沖縄料理店の物置を使って侵入したと見られており、この物置は前年の夏に手狭になった店内を補うために設置されていた。

白い帽子の男は、あらかじめ物置の存在を知っていたと思われる。

また、現場の隣には電器店があるが、事件当日は休みだった。

犯人はこの事も知った上で、犯行に及んだのではないかと見られている。

 

「沙和佳さんの不可解な行動」

沙和佳さんは、いつもJR北浦和駅から埼玉大学行きの路線バスに乗って帰宅していたが、23日はJR大宮駅から埼京線に乗り、午後6時2分に南与野駅で降り帰宅している。

この事から沙和佳さんは、ストーカーにつけられていた可能性もあると見られている。

 

「犯人の情報」

さいたま市男女殺人放火事件の犯人のイメージ画像
出典:浦和西警察署

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・若い感じの男

・身長:175cmくらい

・体型:ガッチリ型

・当時の服装:紺色のジャンパーのような物を着ていた、薄い色のズボン、白っぽい野球帽を被っていた

 

<連絡先>

埼玉県浦和西警察署刑事課

048-854-0110(代)

0120-754-555(フリーダイヤル)

 

 


【熊谷市小学生死亡ひき逃げ事件】

 

熊谷市小学生死亡ひき逃げ事件は、2009年(平成21年)に埼玉県熊谷市で発生した死亡ひき逃げ事件である。

2009年9月30日午後6時50分頃、埼玉県熊谷市本石1丁目地内で、自転車に乗った同市立石原小学校の小学4年の男の子と自動車が事故を起こし、自転車に乗っていた男の子が死亡した。

自転車に乗っていたのは小関孝徳君(当時10歳)という男の子で、小関君は書道教室からの帰宅途中だった。

小関君を発見したのは近くの大学生で、「キーッ」という音がしたので外を見たら男の子が倒れており、119番通報したという。

近所の住民によると、現場の市道は普段から車がスピードを出して通り抜ける危険な通りだったという。

現場近くで接骨院を経営している男性は、「みんな60km以上で飛ばしている。夜は真っ暗なので通るのは怖い。」と話していた。

現場は道幅が7.6mの住宅街の市道で、制限速度は30kmだった。

日中は車通りが少ないが、夕方になると国道17号への抜け道として通る車が増えるという。

小関君をはねた自動車はそのまま走り去っており、熊谷署は逃げた犯人の行方を追っているが、犯人に結び付くような有力な情報は得られていない。

熊谷署によると、小関君の遺体の損傷が激しかったため、母親ではなく担任の女性教諭と清水教頭らが身元確認をしたという。

清水教頭は、「信じられない気持ちだった。犯人は許せない。」と語っていた。

 

小関君はサッカー少年団に所属しており、体育の授業が好きで、クラスの仕事もきちんとこなす真面目な子だった。

清水教頭は、「自分の得意な事も分かってきて、今が一番楽しい時だったのでは」と、声を詰まらせながら話していた。

小関君は母親(当時41歳)と2人暮らしで、近所に住む主婦は「きちんと挨拶をしてくれる子だった。お母さんは塾が職場の近くだから一緒に帰ってこれると話していたけど、昨日は違ったのか」と肩を落とした。

この事件は当初、過失運転致死罪扱いで、2019年9月に時効が迫っていたが、危険運転致死罪に罪名が変更されたため、2029年9月まで時効が延長された。

熊谷署は犯人検挙のため、この事件に関する情報提供を呼び掛けている。

<連絡先>

熊谷警察署

048-526-0110(代)

 

「小関君の情報」

ひき逃げされた小関孝徳君の写真
出典:熊谷警察署

 

・当時の服装など:黒色のTシャツ、黒っぽいジーパン、水色の自転車に乗っていた

 

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